第20話【幕間】王都の異変

 グローム王都から予言者エルカ・マクフェイルがいなくなって数日。

 まだわずかな時間しか経過していないが、すでにその影響は各所で現れ始めていた。


「これは……困ったな」


 王都にある宿屋。

 ここの店主であるオーガンは、商会同士の中継役を務める組合のトップである。

 彼は立った今舞い込んだ新情報を耳にし、頭を抱えていた。

 

 頭痛の種は王国西部にある山間の町・ディロン――扇状地であるここでは、その地形の特徴を利用して果樹栽培が盛んに行われており、王都でも屈指の人気ブランドであった。

 そんなディロン産の果物が最盛期を迎えるシーズンが到来したのだが、王都に運び込まれた果物の量は前年の半分以下というものであった。


 なぜここまで収穫量が減ってしまったのか――原因は、エルカが王都を去った二日後に発生した大雨だった。

 突如として発生したこの雨で、収穫量が激減。

 高騰は避けられない状況となってしまったのだ。


「まいったな……」


 口から出てくるのは、ただ困った現状を嘆く言葉ばかり。

 オーガンは思わずにいられなかった。


 もし――予言者エルカ・マクフェイルがいてくれたら、きっとこのような事態には陥っていなかっただろう、と。


 恐らく、エルカならばこの事態を想定していたはずだ。

 未来の出来事が分かるなんてあり得ない――エルカの能力を知った直後、オーガンはそう口走った。

 しかし、彼の予言はすべてが的中。

 事実をぼかした曖昧なものではなく、いつどこで何が起きるのか、必要な情報が細部に至るまで事細かに把握していたのだ。

 まるで本当に未来を見てきたかのような発言の数々に、オーガンはやがて彼を神の生まれ変わりだと思うようになった。おかげでどの店の商売もうまくいき、グローム王国の経済は急速に力をつけ、周辺国家を置き去りにする勢いで成長していったのだ。


 エルカの力を疑う者など、王都には誰ひとりとしていなかった。


 ――だが、突如教会に現れた聖女と呼ばれる存在が、そんなエルカのすべてを一方的に否定した。

 オーガンは詳細な理由を求めて教会や城を何度も訪れた。

 しかし、何度聞いても、エルカを追放した理由は「神託による結果」というものばかり。

 

「……結局のところ、神は見ているだけか」


 部屋にひとりでいるため、何を言っても聞かれるわけではないが、なんだか怖くなって思わず小声になってしまう。

 その神託が正しいというなら、なぜ神は「この日は大雨が降るから対策せよ」と教えてくれなかったのか。たったひと言そう伝えてくれたら、生活に困窮する農家はひとつもなかったはずなのに。


 この日の午前。

 教会を訪ねたオーガンはバシル枢機卿にこの件を伝えると、先ほどの質問をぶつけた。

 なぜ神は大雨が降ると教えてくれなかったのか――これに対する枢機卿の答えは、


『それもまた神の御導きだ』


 と告げた。

 

「……何が『神の御導き』だ。クソッタレ!」

 

 やり場のない怒りをぶつけるように執務机へと拳を振り下ろす。

 するとその直後、部屋のドアを誰かがノックした。


「入れ!」


 思わず荒っぽい口調で入室を許可する――と、部屋へ入ってきたのは意外な人物であった。


「っ!? ノイアー神父!?」

 

 現れたのはオーガンと個人的な付き合いもあるノイアー神父だった。その表情はどこか悲壮感が漂っているように映る。


「どうかしましたか?」

「いえ、その……例のディロンの件について……町の存亡にもかかわるほどの甚大な被害が出たとうかがい、なんとお詫びをしてよいか」


 ノイアー神父は大雨により経済的に大打撃を受けたディロンの件を謝罪しに来たのだ。

 これにはオーガンも驚きを隠せない。

 教会のトップであるバシル枢機卿はまったく悪びれる様子もなかったし、神託の結果だと言ってエルカを追いだした張本人である聖女カタリナは姿さえ見せなかったというのに。


「現在の状況はどうなっているのですか?」

「……芳しくありませんな。物価の高騰は避けられない状況です。それも、かなりの額になるかと」

「そ、そうですか……」


 項垂れるノイアー神父。

 その両手はギュッと握りしめられ、小刻みに震えていた。それを見たオーガンは、彼が何か深い後悔の念に晒されているではと直感する。


「ノイアー神父……あなたは何も悪くない」

「し、しかし……」

「聖女カタリナがなぜエルカ様を国から追いだすようなマネをしたのか……あの方は神託の結果と言っていたが、私はそれ以外にも理由があるのではないかと思っています」

「えっ?」


 力強い眼差しで見つめながら語るオーガン。

 その時、ノイアー神父の脳裏にバシル枢機卿の顔が思い浮かんだ。


 神託の結果を疑うなど、本来ならばあってはならないことだが――もし、仮にそうだとしたら。エルカの追放が私怨によって行われたものだとしたら。


「……オーガン殿」

「なんでしょうか?」

「私は少し調べてみようと思います」

「調べる? 何をですか?」

「それはまだ内密に。……それより、エルカ・マクフェイルは魔境でちゃんと暮らせているのでしょうか。私はそれが心配で」

「あぁ、彼については心配無用ですよ」


 誰もが近づくのを避ける超危険地帯――魔境。

 もうとっくにモンスターの餌食になっていてもおかしくはないのだが、オーガンはまるで気にする素振りを見せていない。

 不思議に思って尋ねると、オーガンは口外しないことを前提として自分たちが支援していると打ち明けた。


「な、なるほど……そうだったのですね」

「向こうに行っている者たちから定期的に近況報告をもらっています。……やはり、彼の力はこの国にとって必要不可欠なものですよ」

「みたいですな」


 オーガンから話を聞いたノイアー神父の表情は晴れ晴れとしていた。

 それは、重大な決め事を腹に据えた男の顔だった。


「ありがとうございました、オーガン殿」

「何をおっしゃる。私は何ひとつしちゃいませんよ」

「いえ……勇気をもらいましたよ。それでは」


 吹っ切れたような表情で宿屋をあとにするノイアー神父。

 彼の行動が、エルカの未来を左右にすることになろうとは――この時はまだ誰もそれに気づいてはいなかった。

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