第4話【幕間】予言者のいない王都

 予言者エルカが国外追放の刑に処された。

 その衝撃的なニュースは、あっという間にグローム国内全土へと広がる。


 当然、国民が黙っているはずもなく、今日も多くの国民が城へと抗議のために押し寄せていた。


「なぜエルカ様を追放したのですか!?」

「エルカ様の予言がなくてやっていけるのですか!?」

「我々にきちんと説明をしてください!」

「えぇい! 下がれ! 下がらんか!」

「あのような男の戯言などに耳を傾けていたこれまでが異常だったのだ!」

「神託こそがこの世界でもっとも正しいのだ!」

 

 多くの騎士が対応に追われるも、肝心の王子や大臣は姿を見せず、それがまた国民の感情を逆撫でする結果となる。



 グローム城の近くに建てられている大聖堂。

 その二階から、聖女カタリナは城門前で騒いでいる国民たちを眺めてため息をついていた。


「すべては神託――神の御意思であるというのに……何が不満なのでしょうか」


 聖女カタリナは国民たちがなぜあそこまで怒り狂っているのか理解できていなかった。

 嘘をつき、国民を騙し続けていたエルカ・マクフェイルは排除した。

 彼についていこうとする物好きが数人いたが、これ以上そのような愚かな行為に及ぶ者はいないだろうとバシル枢機卿は言っていた。

 彼女はその言葉を信じ、今日も教会で祈っている。


「あぁ……神よ。あなたはそこまでエルカ・マクフェイルが許せないのですね」


 ステンドグラスに描かれた神の姿を見上げながら、そんなことを口にするカタリナ。

 彼女は自身の耳に届く声こそが神の意思であると本気で思っている。幼い頃から聖女として育てられてきたカタリナにとって、それは疑いようのない事実だったからだ。


 ――だが、事態が政治にまで及ぶとなると話は変わってくる。


 彼女が祈りを捧げている最中、教会内の一室ではバシル枢機卿とノイアー神父が話し合っていた。議題は当然、先日追放された予言者のエルカ・マクフェイルについて。


「まさか……エルカ様が追放されるとは」


 ノイアー神父は信じられなかった。

 彼はエルカの予言により、この国がどれだけ助けられてきたのかよく知っている。それがなければ、グローム王国は今日まで存在していなかったかもしれないとさえ思っていた。

 しかし、神はそんな彼を嘘つきと呼び、聖女カタリナを通じて追放させたのだ。


 あってはならないことだが――何かの間違いではないのか?


 そう思わずにはいられなかったのだ。

 現に、王都の商会では騎士や文官とも結託して抗議しようという動きもあるという噂が耳に入っていた。

 直接そのことを口にしたわけではないのだが、バシル枢機卿は彼の態度を見て心境を読み取り、忠告する。


「ノイアー神父……あなたは何も心配せず、これまで通りにしてくれればいいのです」

「し、しかし――」

「これはタイラス王子の意向でもあります」

「っ!? タ、タイラス王子の!?」


 さすがに王子の名を出されては、何も言い返せなくなってしまう。


「それでいいのです。何も疑う必要はありません。いつだって神は正しいのですから」

「は、はい……」


 項垂れるように返事をすると、それを聞き届けたバシル枢機卿は部屋を出ていった。


「ふぅ……」


 果たして、今自分は正しいことをしているのだろうか。

 自問自答するノイアー神父の前に、ひとりの男が現れる。


「やはり、あなたも危惧されているようですな」

「えっ? ――ウェ、ウェズリー大臣!?」


 そこに立っていたのは、政界の大物であるウェズリー大臣であった。


「な、なぜあなたがここに!?」

「失礼。何度かノックをしたのですが、返事がなくて」

「そ、それは申し訳ありません」


 ショックのあまり半ば放心状態だったため、ノックに気づかなかったのだ。


「それにしても……あなたも損な役回りを引き受けましたな」

「と、申しますと?」

「神託の件ですよ。すでに城門前には多くの国民が詰めかけています。全員がエルカ殿の予言により救われた者です」

「っ!」


 恐れていた事態は、すでに形となっていた。

 これを食い止めるには、神託にエルカの予言と同じ――いや、予言以上の効果を持たせなくてはならないだろう。それでも、事前の通達もなしにいきなり追いだしたというやり方を気に入らないという層もいそうだが、さすがにそこまではフォローできそうにない。


 いずれにせよ、教会側ができるのはとにかく成果をだすことだった。

 ――が、ウェズリー大臣の口ぶりからして、それは難しいだろうとノイアー神父は感じ取っていた。


 聖女カタリナ。

 彼は神父でありながら、その存在をつい最近まで知らなかった。

 ある日突然、タイラス王子とバシル枢機卿がどこからか連れてきて、「聖女になるための修行をしてきた」と教会関係者に告げた。


 なので、彼女の力は未知数と言わざるをえなかった。

 なぜか王子や枢機卿は自信満々なので、神託も正しいと漠然とした感覚であったが、エルカを追いだしたことで流れはガラッと変わっていたのだ。


「これはしばらく荒れそうですぞ?」

「……覚悟はできています」


 悲壮な決意を胸に、ノイアー神父はそう答える。

 エルカの予言(前世の知識)によって繁栄を続けてきたグローム王国に、少しずつ崩壊の足音が迫っていた。




※次は18:00に投稿予定!

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