魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一

第1話 予言者、追放される

「よく聞きなさい、エルカ・マクフェイル。神があなたに下した罰は――このグローム王国からの永久追放です。今後、この地へ足を踏み入れることは神が許しません」


 大聖堂のステンドグラスを背景に、聖女カタリナはハッキリとそう告げた。

 彼女の横に立つふたりの男はそれぞれ異なった反応をしている。


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべているのはグローム王国次期国王の最有力候補であるタイラス王子。

 反対側には心配そうに瞳を震わせるウェズリー大臣。


 そして――追放を言い渡された俺は納得がいかず、聖女カタリナへと食ってかかった。


「どうにも分かりません。なぜ神は私に罰を?」

「神託の結果に不服でも?」

「罰を与えられる心当たりがないからです」

「そうですか。――しかし、神の目は欺けません」

「はい?」


 何を言っているんだ、聖女カタリナは。

 

「あなたはこれまで《予言》と称し、さまざまな嘘を重ねてきましたね?」

「っ! あれは嘘じゃない!」


 予言。

 それは俺に授けられた力だ。

 ……とある事情から、この予言のタネをばらすことはできない。正確には、ばらしたところで誰にも理解してもらえないだろうと考えていた。

 でも、結果は出してきている。


 ある町で大雨が降ると分かれば、すぐに洪水対策をするよう伝えた。

 ある山で大規模な火災が発生し、甚大な被害が出る前に周囲を警戒させるよう伝えた。

 ある町がモンスターの大群に襲われそうな時は、先に人々を逃がして敵を罠にかけて一網打尽にするよう伝えた。


 それだけじゃない。

 俺がこの国に来てから三年余りの間に、さまざまなトラブルを事前にキャッチし、それに対する的確な対応を国王に求めてきた。最初は「何を言っているんだ、こいつは」って扱いだったけど、予言が的中するたびに信頼は増していき、今では城の中に部屋を与えられるまでになった。

 

 ……だが、聖女カタリナは神託の結果、それらはすべて嘘だと言い切った。

 五年間の間で予言してきた数は五十を超える。

 それらすべてが嘘だというのだ。


 いくら神の言葉とはいえ、これには納得できない。

 ――そう思っているのは俺だけではないようで、


「あ、あのエルカ様が嘘を?」

「ほ、本当なのだろうか……」

「神託は絶対だぞ?」

「俺だって、神を疑っているわけじゃないが……」


 大聖堂に集まった騎士たちは困惑していた。

 その様子を察したのか、


「私の神託と彼の予言……どちらに信憑性があるとお思いか?」

「ふははは、聖女様の言葉を疑う者などおりませぬ」


 パンパンと手を叩きながらそう言うのはバシル枢機卿だった。

 

「神はこのエルカ・マクフェイル殿を嘘つきだとおっしゃられているのだ。神の言葉こそが揺るぎなき事実――そうであろう?」


 枢機卿の圧に負けた騎士たちからは、「そうなのかもしれない」といった声が聞こえるようになってきた。


 ――なるほど。

 ヤツらの魂胆が見えてきたな。

 クーデター……って、呼ぶのはちょっと違う気もするが、とにかく俺を国外へ追いやろうってことで結託しているようだな。

 とはいえ、そんな証拠があるわけじゃないし、問い詰めたところで馬鹿正直に答えるはずがない。

 とりあえず、もう少し探ってやるとしよう。


「追放刑とのことでしたが、私の行き先についてはもう決まっているのですか?」

「えぇ。大陸東端にある深い森です」

「そこって……」


 大陸東端にある森。

 そこは昔から何度も入植を試みたが、まったく根付かず、次第に人々からは《魔境》と呼ばれ、畏怖の対象となっていた。バシル枢機卿の話では、その頃に使われていた家屋が今も残っているだろうとのことだが……そこで暮らせってことかよ。


「……分かりました。神託に従い、私はこれよりその地へと向かい、二度とこの地に足を踏み入れません」

「おぉ! 腹をくくられましたか!」


 満面の笑みを浮かべるバシル枢機卿。

 邪魔者がいなくなって清々したって感じだな。


「では、馬車を用意させよう。――おい。そこのおまえ。ぼさっとしてないでさっさとしろ」


 これまでずっと黙っていたタイラス王子は側近にそう命じた。……って、おいおい、今から出て行けっていうのかよ。

 随分と慌てているな、とどこか他人事のように考えていると、


「あの」


 騎士のひとりがバシル枢機卿へ声をかける。

 彼女の名はリリアン。

 年齢は二十歳。

 赤いサイドテールヘアーと翡翠色をした瞳が特徴的な美人であり、俺がこの世界に来た時から世話になっている護衛騎士でもある。

 

「何かね?」

「私も追放に同行してもよろしいですか?」


 リリアンの唐突な申し出に、騎士たちは騒然となる。


「……正気か? エルカ殿がこれからどこに向かうのか、聞いておらなかったのか?」

「一言一句、聞き逃していません」


 自信満々に言ってのける。

 彼女のそんな態度が気に入らなかったのか、バシル枢機卿とタイラス王子のコメカミがピクッと震えた。


「本当に行くというのだな?」

「はい」


 あっさりと返事をするリリアン――だけど、ちょっと待て。このままだと彼女まで巻き込んでしまうじゃないか!


「リ、リリアン!? ちょっと落ち着いて――」

「すこぶる落ち着いていますよ、エルカ様」


 あっ。

 これ絶対に落ち着いていないヤツだ。

 握った拳が力を入れすぎているせいでプルプル震えているし。


 この後、俺はなんとか彼女を説得しようと試みると見事に失敗。

 リリアンは追放刑となった俺と一緒に魔境へ向かうことになってしまったのだった。


  ◇◇◇


「この部屋とも今日でお別れか……」


 追放刑を言い渡された俺は、身の回りの荷物だけでも持たせてほしいと頼み、城内にある自室へと戻ってきた。

 とにかく部屋を見渡して必要だと思う物を片っ端からカバンへと詰め込んでいく。

 その際、俺はこの世界に来てから今日までのことを思い出していた。


 ――俺は転生者だ。

 いや、厳密に言うと前世の記憶が突然出現したって方が正しいかな。さらに驚いたのが……この世界はなんと、前世で開発に携わっていた【ホーリー・ナイト・フロンティア】というゲームとまったく同じだという点。


 いわゆるソシャゲに分類されるこのゲームだが、実は俺がこの世界に来る直前にサービス終了が決定していた。

 スタートからおよそ十年……業界の中ではヒットした方だが、続々と登場する人気タイトルに勝てなくなり、とうとうデッドラインを割ってしまった。

 

 そう言った事情があるので、俺にはこの世界でこれから起こることが予測できた――というか、できて当たり前なのだ。だって、それらはすべて開発チームが何度も打ち合わせを重ねた末に生みだされたものなのだから。


 そのうち、人々は「千里眼を持つ奇跡の予言者」と呼ぶようになった。


 まあ、中にはリリアンのように、実際のゲームでは登場しない人物も当然いる。

 だが、イベントは本当に発生するので、俺はそれを思い出しながら、このグローム王国にとってマイナスとなる要素をピックアップし、国王陛下に伝えていたのである。

 その国王だが……現在は病に倒れている。

 医者の見立てでは、もうそれほど長くはないらしい。

 恐らく、このままタイラス王子が正式な国王となるのだろう。


「まあ……産業も安定しているし、大体のマイナスイベントは消化し終えた。仮に、これから何かトラブルがあったとしても、なんとか乗り越えられるだけの国力はとっくに身についているはずだ」


 そう思うと、ここからはひっそりと隠居生活を楽しむのも悪くない。

 例の魔境にはちょっと厄介な問題が残っているものの、それさえ乗り切ってしまえばあとはこっちのもの。どうとでもなるさ。


 それに……いろいろと試してみたいことはたくさんある。

 何せ、この世界のどこに何があるのかを俺は熟知しているのだから。

 お気楽にそんなことを考えていたら、部屋のドアをノックする音が。


「エルカ様。準備は進んでいらっしゃいますか?」


 リリアンが様子を見にやってきた。


「もうすぐに出られるよ」

「分かりました。それでは正門前でお待ちしています」


 ペコリと頭を下げたリリアンは退室。

 俺はバッグを持ち、戸締りを確認してから彼女のあとを追うように部屋を出て正門前へと向かう――と、


「うおっ!?」


 思わず足が止まった

 なぜなら、馬車の周りにはリリアンの他に十人以上の人が集まっていたのだ。

 全員、俺の身の回りの世話をしてくれていた使用人たちだが……も、もしかして、


「君たちも……?」

 

 俺が尋ねると、使用人たちは声を揃えて「どこまでもエルカ様についていきます!」と高らかに宣言。

 ――まいったな。

 これはちょっととんでもないことになりそうだぞ……





※次は10:00に投稿予定!

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