なかよしの魔法

鏡国ダイナ/のあー

プロローグ

願いが魔法になる世界(1)

 ユイが目を覚ますと、そこは一面のお花畑の真ん中だった。


 季節で言うならば……春だろうか。 心地よい風が頬をくすぐり、空からはぽかぽかとした陽気な日差しが降り注いで、辺りを暖めている。

 気を抜けば、今にも二度寝してしまいそうなほどに気持ちのいい天気だ。


 眠たい目を擦って、辺りを見回す。

 コンクリートで囲まれた無機質な都会に慣れたユイの目に、色とりどりの花は刺激が強くて、少しだけくらくらしてしまう。


 ん……? ちょっと待って、ここはどこ?


 そうやって見回していると、そう遠くない場所にシュウがいた。

 ぐしゃぐしゃ、と金色に染めた短髪をかきむしりながら、少し慌てたような顔をして、辺りをきょろきょろしている。


「お兄ちゃん、ここにいるよっ」


 シュウお兄ちゃんが慌てているときは、大抵私たち家族に何かあった時なのだ。

ちょっと気取った……というか、チャラチャラしてそうというか。そんなところがあるけれど、家族思いのいいお兄ちゃん。

 ユイが手を振って呼びかけると、シュウはすこし安心した表情をして、こちらに向かってきた。


「あ、ユイ! 無事そうでよかった。……ところで、イツキ見なかったか?」

「ううん、見てないよ。どこかに居るかなぁ」

 シュウの手を借りて、よいしょ、とユイも立ち上がる。


 花をかき分けて、ふたりで広い花畑を探して回る。しばらくそうしていると、花に囲まれて、体を丸めて眠っているイツキを見つけた。

「……あ、れ。お兄ちゃん、と、お姉ちゃん……?」

 シュウに体をゆすられて、イツキも目を覚ます。イツキはうーん、と軽く伸びをして、体を起こした。


「なんだか、いい夢見てた気がする……あれ、ここどこ?」

「そう、それが分からないんだよ」


 三人揃って、改めてあたりを見回す。見渡す限り、一面のお花畑。ここが公園なら、あたりに高層ビルの一つや二つありそうなものだけど、それも見当たらない。


「僕たち、船に乗ってる途中だったよね? それが、どうしてこんなところに……」

「寝過ごして島に運び込まれた、ってことはないだろうし。そもそも旅行ガイドにも、こんな場所があるなんて書いてなかったよなぁ」


 と、難しい顔をしているふたりの頭上を、一匹の蝶が飛んでいく。


  ……いや、違う!? 

 よくよく見ると、それは蝶ではない。蝶のような羽のついた、小さなトカゲだ。向こうから来たもう一匹は……馬? というか、ユニコーン?

 思わず、三人とも目で追ってしまう。


「……なんだ、あれ」「わかんない……」

 シュウとイツキも、露骨に困惑した表情をしている。 


 と、そこで口を開いたのはユイだった。

「もしかして、最近はやりの異世界転生、ってやつ、だったりする?」

「……いや、そんなまさか……、とも言えないな、これ」

 あんな蝶(?)を見た後である。疑うのも仕方がない。


「それに、もしそうなら僕たち、死んじゃったのかな? ここも、もしかして天国だったりして……」

「え、すっげぇ困る! 俺にはまだやらなきゃいけないことも、成し遂げるはずだったことも、沢山あったのに……」

「具体的にはどんなこと?」

「そりゃあもう、出世して、金稼いで、お前らが楽できるようにして、後はたくさん女の子に囲まれて……」

「お兄ちゃん、いっつもそれ言ってる」

 ユイが苦笑する。このお兄ちゃんはいつもこうなのだ。そのいつも通りな様子が、ユイを少し安心させた。


「まあ、ここがどこであれ、お前らと一緒なら安心だな。とりあえず、辺りをいろいろ探してみるとするか」

「賛成!」

「み、みんな適応早すぎない……?」

 イツキがちょっと不安そうな表情をする。このユイの弟は、あまり自己主張をしない。目にかかるくらい長い前髪の印象通り、内気でおとなしい子である。


 立ち上がって、しばらく三人で歩いてみる。いままで嗅いだことのない、不思議な香りがユイの鼻をかすめていく。異世界の花だからだろうか? 

 ふと空を見ると、よく晴れた青空はちょっとだけ桃色がかっているようにも見える。間違いなく、現実の景色には見えない。


「……不思議なところだけど、こういうの、好きかも」

 こそっと、イツキがユイに耳打ちする。実は可愛いもの好きなのだ。

「ちょっとわかる。おとぎ話の世界みたいだよね」


 ユイが言った「最近よくある異世界転生」の世界観で言うならば、ここは妖精が住んでいそうな場所、という形容が似合う。

 普通のファンタジー世界にしては、少し可愛いが過ぎるというか、童話的というか……。


 ほどなくして、少し小高い場所に、小さな家がぽつんと立っているのが見えた。赤い三角屋根の、周りのお花畑がよく似合う、かわいらしいお家。


「行ってみるか? 第一村人発見、になるといいんだが」

「うん、人に会えたら、とっても心強いし……。でも、言葉とか通じるかな?」

「そこはたぶん大丈夫かも……? こういうお話、言葉とかも大体通じるし」

「本当か……?」


 家の前に立ち、シュウが軽く扉をノックしてみる。

 とんとん、とんとん。


 「はぁい」という声が扉の向こうから聞こえてくる。しばらくすると扉が開いて、一人の少女が顔を出した。

 頭にはとんがり帽子をかぶっていて、いかにも「魔女」といった風貌に見える。


「来客なんて、いつぶりかしら。どこからいらっしゃった方?」

「え、えーっと……ちょっと説明が難しいな」

「僕たち、気が付いたらこの場所にいたんです。ここがどこかも、わからなくて」


 少女はしばらく考え込むと、「あ、もしかして、この世界に来たばかりの人ね!」と言って微笑む。


「えっ、分かるんですか? 僕たち、ニホンってとこから来たんですが」

「もちろん、分かるわ。大変だったでしょう。いろいろ教えてあげるから、中で少しお茶しませんか?」

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