ルディと金髪の青年
第27話 ウェーテルの街
僕が不死身になってから、七十年の月日が経過した。
時の流れは、遅いようで早いものだ。レオンさんの手がかりを見つけるまでに、こんなに時間がかかってしまった。レオンさんはもうきっとおじいさんだ。まだ生きているかが心配だった。
そして、ついにやって来たウェーテルの街。
ここは、大きな街だった。時計台の鐘が十二時を告げる。
この街についた時に気づいた。僕はこの街を知っている。僕はこの街に来たことがある。いや、僕はこの街で、暮らしていたことがある。
街の名前は、どうやらあの頃と変わってしまっていたようだ。
僕は街の中へと入っていった。心臓が宙に浮いている感覚。緊張が高まる。それは、レオンさんに会えるかもしれないからというだけではない。
僕の足は、とある場所へと向かっていた。街並みは随分と変わり果てたが、根幹は変わっていない。迷いのない足取りで、僕は進んでいく。
人通りの少ない路地を通り、街の端の方まで行く。
「ここ……か……」
そこはにあったのは、廃墟だった。壁にはあらゆる悪口の数々が書かれ、随分と古びてしまっていた。薄汚れた看板が立っている。
”オステルマン孤児院”
かろうじて読めるその文字。僕は乾いた声で笑った。
「まさか、こんな形でここへと戻ってくることになるなんて」
僕は廃墟へと入っていく。もう誰もここには住んでいない。
「結局潰れちゃったんだ……まあ、貧乏だったし、仕方ないね」
僕は廃墟となった孤児院の中を彷徨う。微かだけれど覚えている。僕は確かに、ここに住んでいた。
中は埃まみれで、蜘蛛の巣が張っていた。ここが廃墟となったのは、何十年も前のようだ。
足音がコツコツと響き渡る。僕は元々応接室であった場所まで来た。
そこは、異様な光景だった。紙が一面に散らばっているのだ。僕はそれを一枚拾い上げる。文字はかすれ、随分とよれて黒くなっている。随分と前の新聞のようだ。
僕は目を凝らして、それを見る。誰かの写真が載っている。髪の長い男。
僕はこの人をよく知っている。何故ならばそれは、かつての僕自身だったからだ。
その下には、ルドルフ・オステルマンという名前が書いてあった。
ルドルフというのは、僕の本名だ。皆にはルディと呼ばれていたため、今は僕はそう名乗っている。オステルマンというのはこの孤児院の名前だ。この孤児院の長が、オステルマンというため、ここで育った人は皆オステルマンという姓を名乗ることになっていた。まあ、僕は一度もそう自分で名乗ったことはないが。
どうやら僕は、新聞の記事に載っていたようだ。
”一夜にして千人もの命を奪ったテロリスト、死刑へ”
というでかでかとした見出し。僕は続きを読んでいく。
『○月✕日、この街を襲ったテロ。首謀者であるルドルフ・オステルマンを含む数名の死刑が執行された。このテロによる死者は約千人。最も多く死者を出したのは、この街の象徴である時計台の爆破だ。この日はちょうど年に一度の祭りの日で、時計台には多くの人が集まっていた。現在は再建中だ。動機は人々への復讐だと、ルドルフは話していた。政府はこの事件を、重く受け止めている』
よく見ると、床に散らばっている新聞は、全て同じ日のもののようだった。
僕のことがこんな風に記事になっていたとは知らなかった。
このウェーテルの街にそびえ立つ大きな時計台。あれは一度、僕が壊したのだ。
人々が賑わう祭りの夜の惨劇を、僕は千年経ったっても忘れないだろう。
僕は孤児院を後にした。
あの孤児院が潰れたのは、多分僕のせいだ。貧乏だったのもあるかもしれない。でも、あの壁に書かれている汚い言葉たちは、全て僕に向けられたものだ。新聞が部屋に散らばっていたのも、きっと大勢の人があれを持って押しかけたんだ。僕がこの孤児院出身だったから、オステルマン孤児院は世間の標的になったのだ。
僕はウェーテルの街を歩く。僕はかつて、この街を、この街にいる人々を恨んでいた。でも今ここに住んでいる人達は、あの頃とは違う。そして僕も同様だ。
活気のある街だ。多くの人々が賑わい、たくさんの店が並んでいる。
「おや……?」
街を歩いていると、すれ違いざまに帽子を被ったおじいさんが言った。
「レオン……?」
僕はその名前に反応をした。足を止め、すぐさま振り向いた。
「あ……いや、なんでもない。人違いだ。気にしないでくれ」
おじいさんは申し訳なさそうに下を向き、帽子を深く被り直した。
「レオンって、もしかして、レオン・シュナイダーさんのことですか?」
去ろうとするおじいさんに尋ねる。するとおじいさんは頷いた。
「そうだ。あんた、レオンを知っているのか?」
「は、はい!」
僕は興奮気味に何度も頷いた。
「すまないね。あんた、レオンの若い頃にそっくりだったから……つい声をかけてしまって」
「レオンさんは! レオンさんは今どこにいるんですか!」
「おいおい、ちょっとは落ち着けよ……」
おじいさんは僕をなだめる。しかし、僕の興奮は治まらなかった。だって、ようやく、ようやくレオンさんを知っている人に出会えたのだから。この七十年、僕はそのためだけに生きてきたのだから。
「お願いします! レオンさんに会わせて下さい!」
僕はおじいさんの手を握り、何度も頭を下げる。
「いやぁ……わしだって会わせてあげたいんだが……」
おじいさんは気まずそうに目をそらす。
「忙しいのならいくらでも待ちます!」
「それが、そういうんじゃなくてな……」
おじいさんは言いにくそうに、僕に事実を告げた。
「レオンはもう死んじまってるよ。だから、残念だけど会えないよ」
「っ……」
僕の表情が固まる。声も出なかった。体も動かない。
レオンさんは、死んでいた。これではテイラーおばさんの手紙を渡せられない。約束、したのに。テイラーおばさんの思いを伝えられない。
急に足の力が抜けて、僕はその場に座り込んだ。ようやく辿り着いたと思ったのに。僕には、手紙を渡すことさえも許されないのだろうか。もっと早く、手がかりを掴めていれば渡せただろうか。それとも、もうこういう運命だと決まっていたのだろうか。
どちらにしろ、もうこの手紙は届かない。レオンさんに読まれることはない。
「おい、大丈夫かい?」
おじいさんは心配そうに僕の背中をさする。
僕はただ、嗚咽をこらえることで精一杯だった。
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