第26話 命をかけて

「どういうこと……?」


 僕はパッとザクロを見た。彼は怯えた様子で首を振る。どうやら彼のせいではないようだ。

 ということは、爆弾の誤作動。タイマーは止まる気配はない。


「まずい!」


 僕は咄嗟に爆弾を抱えた。

 絶対に、ザクロを犯罪者にしたくなかった。僕と同じになって欲しくなかった。

 僕だけにしかできないこと。この時のために、僕は不死身の体を手に入れたのかもしれない。

 僕はザクロを救いたい。

 そんな一心で、僕は窓枠に飛び乗る。

 

「ルディ!」


 後ろでザクロが僕の名前を叫ぶ声がした。僕は振り返り、そして微笑む。

 大丈夫、僕は不死身なのは、本当だよ。

 そう、目で伝えた。伝わったかどうかは分からないが。

 僕は窓から外に出て、列車の上に飛び乗った。時間はあと二十秒。僕は列車の上最後尾まで走る。助走をつけ、そして僕の持つ最大の力で海へと投げ捨てる。


 時が一瞬、止まったような気がした。海へと落ちていった爆弾が、大きな音を立てて爆発する。水しぶきが高く上がり、それによって橋の一部が壊れる。しかし、それは列車の後方であったため、特に何の被害もなかった。なんとか守れたんだ。

 だが、僕は爆風によって吹き飛ばされる。何も捕まるところがない列車の上。


「うわっ!」


 僕は海へと真っ逆さまに落ちていく。

 翡翠色に煌めくジェイド号が、何事もなかったかのように走り去っていくのが見える。

 僕は海へと落ちた。爆弾によってできた波にもまれ、身体が思うように動かない。鼻や口に海水が入り、息ができない。苦しくて苦しくて仕方がない。僕の意識は次第に遠のいていく。

 このまま僕は、残りの時間を暗い海の底で過ごさなければならないのだろうか。せっかく、レオンさんの手がかりを見つけたのに。テイラーおばさんに恩返しができると思ったのに。やっぱり、そう簡単に思い通りにはいかないんだ。でも、しょうがない。いくら人助けをしたって、僕は罪人なんだから。きっと神様が、僕に罰を与えたんだ。

 ああ、悲しいな。

 最後の一つの泡が、地上へと上がっていくのが見えた。

 こうして僕は、広大な海のど真ん中に、沈んでいくのであった。


***


「……おーい」


 なんだか声が聞こえる。


「おーい、まだ起きねえのか?」


 僕はうっすらと目を開けた。太陽の光がまぶしい。僕は砂浜に寝転んでいた。僕は海の底に沈んだはずでは?

 胃の中が気持ち悪い。どうやら海水がいっぱい入り込んでいるようだ。

 僕は身体を起こす。そして振り返った。

 そこには、見覚えのある黄色い瞳の悪魔がいた。


「やっと起きた。全く、手間かけやがって」


 悪魔はあきれたようにため息をつく。僕は状況がつかめなかった。


「えっと、なんでユーリがここに?」

「とぼけんなよ。俺が助けてやったのを忘れたとは言わせねえ」


 僕はなんとか思い出してみようとするが、全く思い出せなかった。


「海に沈んでいくお前を、俺が引き上げてあげたんだ。感謝しろ」


 だから僕は今、ここにいるのか。よく生きていたなと我ながらに思った。いや、不死身なんだから当たり前か。


「気を失ってたから、覚えてないや」

「この恩知らずが」

 

 とユーリは睨む。


「ごめんって。でも、どうして助けてくれたの?」


 僕は尋ねた。


「お前が海の底で一生もがき苦しむ姿を見続けさせられる身にもなってみろ。面白みがなさすぎてこっちが死にそうだ」

「確かにそうだね」


 僕は苦笑を浮かべた。これから先地上に這い上がることもできず、死ぬこともできないまま海の底に囚われるなんて、もう人助けどころではない。ユーリはこんなことを言っているが、きっとそのことを見越して助けてくれたんだ。


「ユーリは優しいんだね」

「だろ? もっと褒めてくれてもいいんだぜ」


 調子に乗り始めるユーリを僕は軽く小突いた。


「ばーか。でも、ありがとう」


 僕は素直にお礼を言った。


「これでようやく、レオンさんに会いに行けるよ」


 そこで僕は気づいた。僕は今、鞄を持っていない。慌てて辺りを見渡す。しかし、どこにもなかった。


「あ……列車の中だ……」


 僕としたことが、置いてきてしまった。でもまあ、大切な手紙が入った鞄だ。海の水に濡れてしまうよりはましか。


「へっ、どんまいルディ」


 ユーリは煽るように言って大笑いをする。


「ユーリ、パッと行って取って来れないの?」

「俺をこき使うな! それに俺は、お前の側をあんまり離れられないんだ」

「ちぇっ、優しくないな」


 僕は頬を膨らます。


「なんだと?」

「冗談だよ。ちゃんと自分で取りに行ってくる」


 僕は立ち上がり、服についた砂を払った。


「ヒーローは無言で立ち去る方がかっこいいのになあ」

「そんなの知るかよ」


 せっかくの列車の旅がこんな形で終わってしまったのは残念だけど、これはこれで良かったのかもしれない。また一つ、僕は罪を滅ぼせただろうか。


***


 僕はジェイド号が着いているであろう駅へと向かう。ザクロには話したからいいが、もしアンドリューさんたちに会ったら、どうやって生きてる言い訳をしようかと考えていた。

 駅にたどり着くと、ジェイド号が止まっていた。警察の人も数名いる。きっと爆弾のことを通報したんだ。

 すると、僕は見覚えのある人と目が合った。


「え、ルディさん?」


 アンドリューさんだ。彼は驚いた顔で、こちらへ近づいてくる。


「ほ、本当にルディさんですよね? 幽霊じゃないですよね?」


 アンドリューさんは信じられないというように僕の肩を何度も揺らす。


「ルディさんが生きてる! 皆さん、ルディさんですよ!」


 アンドリューさんは大声で叫び、皆に知らせた。皆は信じられないという顔をしている。あの状況で生きているのは、もう奇跡だ。運が良かった、そういうことにしておこう。


「これ、ルディさんの鞄です。危うく遺品になるところでしたよ」

「それは危ないですね。持っていてくれてありがとうございます!」


 僕はアンドリューさんから鞄を受け取った。中にはちゃんと、レオンさんへの手紙が入っている。ホッとして僕は顔を上げた。

 すると僕は警察に引き渡されているザクロの姿が目についた。向こうもこちらに気がついているようだ。

 僕は彼に近寄っていった。


「ルディ……えっと、その……」


 ザクロは気まずそうに目をそらす。爆弾の誤作動のことを、きっと後ろめたく思っているのだろう。

 もうそんなこと、気にしなくて良いのに。彼が前に進んで行けるのなら、僕はそれでいいのだ。


「さあさあ、僕の心配なんかしている暇ないよ。君はこれから、奥さんの分まで生きていかないといけないんだから」

「お、俺、お前を殺しちゃったかと思って……それで……」


 下を向いてばかりのザクロが気に食わず、僕は一発げんこつをかました。ザクロは驚いたようにこちらを見る。


「言ったでしょ? 僕は死なないって」


 そう言って僕は、悪戯っぽく笑った。

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