第15話 世話係との会話

「村長、俺の代わりの生贄を連れてきました」 


 僕はセオに村長の家まで案内された。村長は白髪の初老の男だった。他にも数名の人が彼の家にいた。


「おや、君が……名前はなんと?」

 

 村長は訝しげに僕を上から下まで見る。


「えっと……ルディです……」

「ルディさんか。本当にすまないねぇ。部外者を巻き込んでしまって。だが、村を守るためには、生贄を捧げるのは仕方ないことなんだ」


 村長は明らかに安堵していた。生贄がセオではないと知ったからだろうか。それともあともう二年の猶予ができたと思ったからか。しかし残念ながら、僕が本当に生贄になるわけではない。

 それに村長は今、生贄を仕方ないことだと言った。自分が対象から外れているからといって、どこか他人事だった。


「生贄は名誉なことだ。村を救った英雄となる。ぜひ誇りに思ってほしい」

「は、はい……」


 僕は作り笑いを浮かべることしかできなかった。

 他の誰も何も言わない。別に望んでいたわけではないが、僕を引き止めたり反対する人は誰一人としていなかった。所詮みんな、村が守られるのならば一人くらい死んだってお構い無しなのだ。その上見ず知らずの他人なら都合がいい。


「ルディさん、あなたには特別な部屋を用意しよう。食べ物も好きなだけ食べていい。残りの時間は、快適に過ごして欲しいからね」


 どうやら特別待遇をしてくれるようだ。これは喜んでいいものなのだろうか。


「さあ、ルディさんを案内してやってくれ」


 村長はご機嫌な様子で、周りの人に指示をした。

 僕はチラリとセオを見る。セオは僕に近づき、耳打ちした。


「必ず間に合うように帰ってくるから」


 僕は頷いた。セオが逃げるなんて絶対にありえない。彼の目は、嘘をついていなかったからだ。僕にできることは一つだけ。信じて待つことだ。



 セオと別れた後、僕はとある屋敷の一室まで案内された。そこは、広い部屋だった。中にはふかふかのベッドに立派な立ち鏡。中央には大きなテーブル。本棚には様々な本が並べられ、高そうな置物も部屋の片隅に置いてあった。数日は飽きずに過ごせそうだ。


「私はお世話係のミサです。よろしくお願いします、ルディさん」


 エプロンを身につけた若い女性が、丁寧に挨拶をした。


「お手洗の際は、誰でも構いませんので部屋の外にいる人にお申し付けください。ご案内いたしますので。どうかゆっくりとお過ごしください」


 要するに、トイレ以外ではこの部屋を出るなということか。扉の隙間から見える外には、数名の男が立っている。どうやら逃げられないよう見張っているようだ。


「ありがとうございます、ミサさん。お言葉に甘えて、くつろいじゃいますね」


 僕はそう言いながら足を伸ばした。

 村のために生贄になるのだから最後の一週間くらいは贅沢させてあげようだなんて、皮肉なものだ。まあでも、せっかくのご厚意だ。罪悪感はあるが、ありがたく受け取っておこう。


「それでは、私は失礼します」


 ミサさんはそう言って、部屋を出ていこうとする。しかし、一度振り向き僕に尋ねる。


「あの、ルディさんは、どうして生贄に?」

「え?」

「いや、だってその、今年の生贄はセオのはずだったでしょう? セオは自分のために誰かを犠牲にするような人ではありません。それなのに、代わりを連れてくるなんて……私、すごくびっくりしちゃって。あなただって、死ぬのは嫌でしょう?」


 ミサさんは胸に手を当てて心配そうな顔をした。でもどこか、ホッとしているようにも見えた。


「セオとは親しいんですか?」

「ええ、まあ。セオとは小さい頃からずっと一緒に育ってきましたから。セオは早いうちに両親を亡くし、ほとんどを私のうちで過ごしてきましたので、もう家族同然です。でも、最近のセオはおかしくて。ずっと一人で何やらこそこそしているんです」


 セオが言っていた、やらないといけないこと、のことだろうか。親しいミサさんにも何も言っていないのだ。


「僕はセオに頼まれたんです。どうやらセオにはやらないといけないことがあるらしくて。拘束されるのは困るから、戻ってくるまで僕が生贄ということにしておいて欲しいって」

「……ということは、セオはやっぱり生贄として捧げられてしまうんですね」


 ミサさんは分かりやすく落胆した。せっかくセオが死なずに済むと思ったのに、目の前にいる見ず知らずの人間はただの身代わりにすぎないと分かれば、一気に天国から地獄に突き落とされた気分だろう。


「残念……ですか? セオの代わりにそのまま僕が死んだらいいのにって思いましたか?」


 そう問うと、ミサさんはハッとしたように口を塞ぐ。


「け、決してそんなことは……」

「別にいいですよ。誰だって、大事な人を失いたくはないですからね」

「……ごめんなさい」


 ミサさんは俯いた。少し意地悪な質問をしてしまったと、僕は反省する。

 何となく気まずい空気が流れてしまったため、僕は慌てて別の質問をした。


「どうにか生贄を捧げずに済む方法はないんですか? もう一度竜に交渉してみるとか」

「私たちも、それを試みました。でも、竜は聞く耳すら持ってくれなくて。だからもう、竜を殺すくらいしか、私たちが生き残る術は残されていません。けど、現実的に考えて、巨大な竜に人間が打ち勝てるはずがないのです。この村にはもう、若い男はセオしかいないのですから」

「そうですか……」


 やはり、生贄を捧げるのは避けられないのか。竜を殺すしか手段はない。もしそれが僕にできたら、セオを救える。しかし、巨大な竜と戦えるほど僕は強くはない。


「そもそもなんで竜が現れたんですか?」

「それは私にも分かりません。でも、みんなは祟りだと言っています」

「祟り?」


 僕は首を傾げた。


「ええ。まだ私も幼い頃だったので、実際にはよく覚えていないのですが、聞いた話では、無実の罪で村から追放された人がいたそうなのです」

「無実の罪? そりゃまたなんで?」

「詳しくは知りません。誰もそのことを口にしようとしませんから。聞いてもはぐらかされてしまうのです。でも、どうやら殺人事件の濡れ衣を着せられたそうですよ」


 村人たちはその人を嵌めたのだ。無実だと知っていてもなお罪を着せることによって収拾をつけたのだろう。

 そのことが後ろめたいからこそ、竜を祟りだと言っているのだ。自業自得のような気もするが。


「追放された人はそのまま山へと行き、自殺したとかなんとか……本当かどうかは分からないので、あまり信用しないでくださいね」


 その人の怨念が竜になったのだろうか。詳しいことはよく分からない。ミサさんでさえ知らないのだから、きっと誰に聞いても答えてくれないのだろう。


「すみません、長話しちゃって」

「いえいえ、いい話が聞けたので良かったです」


 あまり時間は残されていないが、気になるから調べてみるつもりだ。もしかしたら、セオのやらなければならないことに関係しているかもしれないし。

 

「一旦失礼いたします。何かあればお呼びください。すぐに参りますので」


 ミサさんはそう言って、今度こそ部屋を出ていった。

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