ルディと灰色の竜
第14話 青年の頼み
この山には、灰色の竜が住んでいるらしい。
竜は十五年前に突如現れ、怒り狂ったように村を襲っていた。村人たちは頭を悩ました。これでは安全に暮らすことができない。
そこで、村人たちは竜に訴えた。もうこれ以上、村を襲うのはやめてくれと。すると竜は、とある提案をした。
「年に一度、生け贄として若い男を一人捧げろ。そうすれば、もう村を襲いはしない。しかし約束を破ってみろ。どうなるか分かっているな?」
それ以来、竜が山から下りてくることはなかった。そして、毎年一人ずつ若い男が生け贄として捧げられていくのであった。
**********************
僕は年を取ることもなく、ずっと同じ容姿を保っている。
あれから何年が経っただろうか。レオンさんの手がかりは一向につかめていないままだ。なるべく人が多いところへ行っているが、あいにく世界は広いもので。本当にこの調子で見つかるのだろうかという不安を抱えながら、人助けをしつつ僕は旅をしていた。落とし物を届けたり、逃げ出したペットを探したり、時には人命救助をしたり。気づけば勝手に身体が動くようになっていた。これが果たして罪滅ぼしになっているのかはよく分からないが。
前にも言ったように、全部を一から十まで話していては、冗談抜きで本当に千年かかってしまうので、やはり印象に残っている出来事だけを話すことにする。
これは、灰色の竜と青年の愛の物語だ。
僕は大きな山の麓にある村に立ち寄った。例のごとく、レオンさんの写真を見せて、「この人を見かけたことはありませんか?」と尋ねて回る。まあ、結果は目に見えているが。
しかし、なんだか村人たちの様子がおかしい。やけにそわそわしているというか、チラチラと僕のことを見ている気がする。それに、この村は薄暗い空気が漂っており、不気味だ。
あまり長く滞在するべきではないと思い、ため息をつきながらそそくさと村を出ようとしたとき、僕は背後から口を布で塞がれた。
「んっ!」
僕はもがいた。とっさに腰のベルトにさしているナイフを取ろうするが、すぐに腕を後ろに回されてしまった。力が強い。
だんだんと意識が遠のいていく。どうやらさっきの布には、眠らせる薬が染み込んでいたようだ。
僕はその場に崩れ、そのまま意識を失った。
***
目を覚ますと、僕は小さな家の中にいた。体を起こし、辺りを見回す。
「あ、起きたか?」
声がした方向を見ると、そこには灰色の瞳の青年が立っていた。僕は警戒をし、腰のナイフに手をかける。が、そこには何もささっていなかった。
「万が一のためだ」
僕のナイフは、青年が持っていた。
「君は何者だい? 一体僕をどうする気?」
強めに尋ねると、青年は申し訳なさそうな顔をした。
「乱暴なことをしたのは悪いと思ってる」
僕は顔をしかめた。
「俺はセオ。お前は?」
「……ルディだけど」
するとセオは、ガバッと僕の手を掴んだ。
「ルディ、頼みがあるんだ。俺の代わりに、生贄になって欲しい」
僕は今、何を言われたのか理解が出来なかった。生贄という言葉が頭を巡る。
「それは、遠回しに僕に死ねと言っているのかい?」
「違う、そうじゃないさ」
セオは僕の手を離し、俯いた。そして遠慮がちに言う。
「一週間後、俺は竜に生贄として捧げられるんだ……」
「竜?」
「そう。ほら、あの山見ろよ」
セオは窓を開け、大きくそびえ立つ山を指さした。
僕は大変驚いた。竜なんて想像上の生き物だと思っていたからだ。しかし、近くに悪魔がいるのだから、竜だってその辺にいるだろうと勝手に納得した。
「あそこには竜が住んでいるんだ。十五年前に突然現れて、村を襲うんだ。でも、年に一回生贄として若い男を捧げることで和解して……」
「それで今年は君ってわけか」
そういうことだとセオは頷いた。それにしても、珍しい。生贄と聞けば、小さな子どもや若い女の人を想像するが。何かわけがあるのだろうか。
「若い男というのは、竜からの提案だ。でも、竜が現れてから、この村の人々は子どもを作らなくなった。だって、自分の子どもを生贄に捧げたくなんてないからね。だから、この村で俺が、最後の若い男なんだ」
「最後の……」
ということは、若い男が全員いなくなってしまい、生贄を捧げられなくなったら、竜はまた村を襲いだしてしまうのか。
「じゃあやっぱり、今年は君の代わりにちょうどいい時に村にやってきた僕を生贄にしようというわけかい?」
「違うんだって! 別にお前に死んでもらおうなんて思っていない。生贄はこれから逃げられないように拘束される。だけど俺にはまだ、やらないといけないことがあるんだ。一週間後、お前が生贄に捧げられる前までに、必ず戻ってくる。だからそれまで、俺の代わりになって欲しいんだ」
セオの眼差しは真剣だった。
「勝手な頼みだってことは分かってる。でも、これが最後のチャンスなんだ。このとおり」
セオは頭を下げた。
今セオはとても困っている。困っている人が目の前にいるのならば、助けない理由はない。
「いいよ。代わり、なってあげる。ていうか、そのまま僕が生贄になっちゃってもいいよ」
僕は言った。
竜に食われた所で、僕は死なない。僕が生贄になれば、セオは死ななくて済む。
「何馬鹿なこと言ってるんだよ。お前死にたいのか?」
「君の方こそ、死にたいのかい?」
僕は尋ねた。
「俺は……」
セオは俯く。そりゃあ、誰だって死にたくないのは当たり前だろう。
「いいんだ。関係の無い君を死なせる訳にはいかないからな。それに……」
セオは言う。
「生贄は、俺で最後にするから」
セオの決意は固いようだ。だから僕は頷いた。
「分かった。それにしても、なんだい最後にやらなきゃいけないことって。もしかして、女の子とデートとか?」
「なわけないだろ! なんでそうなるんだよ。もっと大事なことだ」
「冗談だよ。ごめんね」
頬を赤く染めたセオを見て、僕は思わず微笑んだ。
その後セオは気を取り直したように真面目な顔をした。
「ありがとな、俺の勝手な頼みを聞いてくれて」
セオは手を差し出した。彼が何をしようとしているかは知らない。でも、僕は彼の力になりたかった。
「お礼は全部終わってからにしてよね、セオ」
僕はセオの手を握り、固い握手を交わした。
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