11 師弟関係


 店主のお婆さんは俺を作業部屋に案内するとその施設の説明を始めた。


「……先ずはこれだね。これはセットしたものを乾燥するか加湿するかの2つの機能のみに限定したものだよ。

 そしてその隣のこれはセットしたものの状態を変化させるものだよ。――」



 ――とその様に説明してもらったが今の俺に使えそうな設備はその中のほんの数種類のみだと思われる。

 レベル1の錬金で使用できるアーツが『合成』と『分離』の2つだけだからである。


「……と、今こうして説明したわけだがもちろんタダで使わせるわけにはいかない。

 ……使いたいというのならそうだねぇ、2つ、条件を提示しよう。あんた異邦人だろう? ならあんたの“観察”をさせてくれ。それを1つ目の条件とする。……これは“あんた”がこの世界を去るまでとしよう。

 ……2つ目の条件はそうだね、あたしの“錬金術の弟子”になってくれたらいいよ」


 「この2つでどうだい」と目で訴えかけてくる店主のお婆さん。正直なところを言うと名前も知らない見知らぬ人間ヒトに何故此処までしてくれようとしているのか、という疑問が真っ先に出てくる。

 こっちには錬金用の施設が使えるというメリットがあるが、俺の目では向こうには目に見えるメリットがないように思えて無条件に信用していいのかわからないな。まぁ、どちらかにメリット乃至デメリットがないとそれは条件とは言えないかもだが。


 1つ、条件の中にどんなメリットがあるか解らないものがあるがもしこれに店主のお婆さんに対して何らかのメリットがあり、そのうえで俺に対してデメリットに成りうるのだったらこの話は受けられないが、逆にいえばその条件が俺にデメリットじゃなければ受けない弟子にならないという選択肢が殆ど無くなるわけだ。


「1つ、質問です。1つ目の条件の“異邦人の観察”、これには俺とあなたのどちらにどのようなメリットデメリットがあるのか教えてくれませんか?」


「……メリットとデメリットねぇ。……簡単に言えるメリットがあんたにあるとすれば2つ目のあたしの弟子になる、という条件のみだろうね。

 ……もう少し言うとあたしの提示した条件で双方のデメリットに成るような条件はないね」


 そう言ったきり何かを考えるように俯いてしまった店主のお婆さん。

 取り敢えず分かったことはこの人が提示した条件で双方デメリットはない、ということと俺のメリットはこの人の弟子になったら錬金施設が使えるようになる、っていう2つの情報のみか。それが判ったところで俺の質問の答えにはなっていないけどな。


 やがて店主のお婆さんは何らかの結論が出たのか頭を上げて口を開いた。


「……この条件の場合のあたしのメリットについてだけれど、“異邦人あんたの観察”のメリットは簡単にいえばあたしの知識欲の為。まぁ他にもあるが、それは“まだ”教えられない。……そしてもう1つの“あんたを弟子に取る”ということのメリットはあたしが後継者を育てることができるというものだね。

 ……“異邦人の観察”は殆どあたしの趣味だと思っていてくれていいよ。異邦人に限らず珍しい人間ヒトが居ればいつも観察しているからね。

 ……で、どうする? この条件をのんであたしの錬金施設の使用権を得るかい?」


 再度、条件を吞むか訊かれたが俺の答えはそれを訊かれる前に決まった。

 まぁ確かに完全には理解し切れていないがそれでも、俺のメリットが大きい気がしたからこの答えで始めの提案の返しとする。


「俺をあなたの弟子にしてください。そして錬金施設を使用させてください」


「……相分かった。あんたをあたしの弟子にしてやろう」


 店主のお婆さんがそう言うと同時にシステムメッセージの通知が届いた。


――――――――――


条件を満たしました。

異邦人で初めてNPC住民との師弟関係を構築しました。

称号:“初めての師弟関係”を贈呈しました。

称号:“ターラフェルの弟子”を獲得しました。


今後ワールドアナウンスを許可しますか?

              ○Yes /  No

今後プレイヤーネームの公開を許可しますか?

               Yes / ○No


――――――――――


 システムメッセージのワールドアナウンスは許可でプレイヤーネームの公開は不許可にしておいた。それでも称号を持っていることが知れ渡れば何らかの騒動は起こるだろうが最低限、情報を公開しつつ少しでも騒動を遅らせるとしよう。


==========

(全体公開ログ)

初めてNPCと師弟関係の構築に成功した異邦人が現れました。

師弟関係の構築難易度が変化しました。

該当の異邦人に称号:“初めての師弟関係”を贈呈しました。


==========


「……自己紹介をしておこうか。あたしの名前は“ターラフェル”。取り敢えず師匠とでも呼んでおきな」


「分かりました師匠。俺の名前は“イズホ”です」


 自己紹介をした後、そういえばと思いゲーム内の時間を見てみると1時30分を回っており、そのついでに見たVRの接続時間があと30分弱で限界に近いという警告の通知が来ていた。


「因みに師匠はこんな時間まで一人で店回してるんですか?」

「いや、あたしは夕方ぐらいから店に立ってるね。昼間は他のやつを雇ってるよ。

 あたしに用があるのなら昼間店番のやつか、夕方直接あたしに言いに来な」

「そうなんですね。その人は弟子にしなかったんですか?」

「あいつは錬金を使えないからね。剣術一辺倒だよ」

「へぇー」


 と頷いて、


「それじゃあ今日のところはこの辺で失礼します。また明日か明後日、ここに伺います」

「……了解だよ。次は設備についてもう少し詳しく説明するから、そこのところよろしく」


 その言葉にお辞儀をし、この部屋に来た廊下を戻り店から出た。

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