集積

水銀コバルトカドミウム

完結

俺は野球が好きだ。

しかし俺は野球が好きでは無い。

何より見ていて面白くないし、俺はこの競技自体に意味は無いと思っている。

だから大勢が、皆が同時に3時間近くを無駄にしている事に安心しているのだ。

選手や監督は高給だからその分は悔しいが、言ってしまえば最大多数の最大不幸。

多数が時間を無駄にする分の仕方の無い幸福だと思えば仕方ない。

こんな反社会的な人格の自分に見合う仕事は見付からず、仕事を辞めては親の仕送りに頼って暮らしている

もう1つ長年の趣味がある。

フィギュア作りだ。

継続は力なりとはよく言ったもので、長年続けて相当な実力が付いたと自負してる。

最近の自信作は「昭和天皇とマッカーサー」

中々よく仕上がった2人で、ついさっきまで神だった人間の盛者必衰と言った趣。

もう1人の鬼畜米英から日本の英雄になった捲土重来が実に素晴らしい。

上手く育てるのに成功した親は、きっと子供にこう思うのだろうという気持ちをこの2人に向けている。

何となくネットにあげたら、自尊心を満たせて良かった。

他にも昭和天皇を探すおばあさんや呪殺祈祷僧団等々、俺が作りたいものを作った。

3Dプリンターで簡単に作れる時代、こんなもの自己満足でしか無いが、暇を潰せる。


話は変わるが、先日父が死にそこそこの遺産が懐に入った。

もう定期的な送金は無くなる。

衝動買いしがちで、禁治産者的な俺はきっとこのまま生きても身を滅ぼすのだろう。

どうせなら最期にどこか別の地へ行ってみたい。

それも時間を無駄にしている人と一緒に。

何の特徴も無く、観光者は何故そこへ行くのだろうという土地へ、行ってみようという考えに至った。

俺はネットを駆使してそんな微妙な場所を探し求めた。


「ようこそ登呂間へ」

と書かれた看板をレンタカーで通り過ぎる。

登呂間村を知ったのはつい最近の事だった。

周囲は山林に囲まれた山奥の村。

外観は典型的な日本の田舎と言う他無い。

しかし妙だ。

よく見ると不釣り合いな程に立派な郵便局や図書館が建ち並び、町役場もかなり国に融通聞かせて貰っているような華やかさだ。

国は都市から税金を取り、地方に流して票を集めると聞いた事があるので、そういう事かと納得するも、映画館はIMAX3Dを完備していたり、スタバやバーガーキング等々、ここが中堅地方都市だと錯覚させられる。

そういうものに疎いので筆記体の英語は読めなかったが、高級ブランドっぽい服屋が雨後の筍のように生えている。

具体的に誰のどう言ったコネが有れば、こんな事が出来るのだろう。

俺は図書館に入り、郷土史を開く。

不思議だ。

どこをどう読んでもこの村にはなんの特徴もない。

平坦な郷土史だ。

昭和以降は養蚕業が廃れ、流行りの店を誘致して来たとしか書かれていない。

あまりに謎過ぎて、この地を百花繚乱の地にしないと日本に災厄が降り注ぐような、土着的旧支配者の存在を疑い、それを探しても何も出てこない。

遅めに出てきたのもあって、その日はそれで終わった。

用意した宿に泊まり寝た。


翌朝、この謎を解明するために再び散策する事とした。

事前の調査でこの村には辻政信記念館がある事が分かっている。

ネットで調べた限りではあるが、辻政信は旧日本軍の参謀でノモンハン事件やガダルカナルの戦いに関わった。

終戦後政治家となるもラオス行方不明になり死亡とされたらしい。

何故出生地でも無いのに、こんな毀誉褒貶激しい人物の記念館がここにあるのか。

出身は秋田だが、和歌山にある落合博満記念館と同等の謎を抱える事になった。

宿の主人に道を聞いて辻政信記念館に赴いた。

しかしここにも手がかりと言える物は、何も無い。

普通に辻政信の生涯を展示してるだけ。

どうやらガダルカナルの戦いで戦死したのは、この村から徴兵された人物が多かったようだ。

まああまり関係なさそうだが。

マニアから見れば垂涎モノだろうが、日本軍に興味が湧かないからどうでもよかった。

記念館の展示を全て見終わると、段々とアホらしくなった。

全ての物事に理路整然とした因果関係が存在する訳では無い。

要は偶然そこにあっただけ、と言うことだ。

ここにも複数の因果関係があるだけで全てを一つに集積するような理由はないのだろう。

俺がやっていたのは、別々の星を繋ぎ合わせて新しい星座を作ってNASAに提出するような無粋で狂人の行いだ。

一旦宿に帰り頭を冷やして、このつまらないチェーン店だらけの街で最期の時を過ごそう。


「客人が来ていますよ」

帰ると、宿の主人からそう呼び止められた。

両親は死に、友人も恋人も居ない自分に客人など居るだろうか。

盗られる金も持ち歩いていないし興味が勝って応じる事にした。

「ようこそ登呂間村へ」

通されたのは中々雰囲気のある応接間。

俺は好々爺然とした男性の歓迎を受けた。

これまた、なんの特徴も無いの烙印を押そうとしたが、指先が他のそれと違う。

職人の手をしている。

「この村は不思議でしょう。分かりますよ。

私が来た頃もそうだった」

話し合えそうな雰囲気だ。

「2つ疑問があります。まず、何故この村はこうなんですか?」

「少々長くなります。辻政信記念館には行きましたか?あの人はガダルカナルの戦いで大勢死なせてる。それなのに議員になって、のうのうと生き続けた。

それを許せない息子を失った婆さまが、辻将軍の像を作って毎夜毎夜呪い続けたのです。村では婆さまが狂い女になったと、ちょっとした騒ぎになりました。

それからです。少しして辻政信がこの村に来たのです。辻殿は獣用の罠にかかり足が腐りかかっていましたし、服は泥と血で汚れていましたが、村の若い衆が失われた元凶ですからな、当然村の者は忘れません。

千人針のように、少しずつ皆で突き刺してゆっくりと苦しめたと聞きました。証拠の髑髏と眼鏡があります。見に行きましょうか?」

「あっ、今は大丈夫です」

老人の目は開き、明らかに熱が入っている。

何されるか分からないから、俺は断った。

「そうですか、残念だ。

辻政信氏が亡くなってから、ある映画を見た者がこう唱えたのです。

これはカーゴカルトであると。

メラネシアの方の原住民が、白人の飛行機のカーゴ……ようは積荷を求めるために、飛行機のハリボテを作ってその到来を待つような信仰ですな。

信じられない事が起こったが、事実なのだから仕方が無い。

そこからこの村は、カーゴを得て発展していきました。

高名な財界人の像を作って我々は待ち続ける。

そしてのうのうとやってきたそいつを殺して株で儲ける。

都会で暮らしてる財界人が、まさか何の特徴もないこの村で死ぬとは疑わんでしょう。

他には、豪華な村役場の模型を作って国に改装させたり、マクドナルドがこの国に上陸した時、店舗の模型を作って待ちました。

それから、私もカーゴカルトで呼ばれた一人なのです」

飲み込むのに時間がかかりそうな独白だった。

真偽関係無くこの爺はやばい。

この質問をしてから荷物は捨てて逃げよう。

「もう1つ。何故、僕なんです?」

「お金を払えば簡単に調べられるものなんです。

今まで像は私が作ってきましたが、流石に歳には勝てない。

そこで後継者として貴方を選んだのです。

両親も無くなり身寄りもない。

あなたの昭和天皇とマッカーサー、いい出来でしたよ」

ネットに余計な情報をあげるべきでは無い。

本日、教訓を得たとしたらそれだろう。

俺が出口に目線をやるのを悟ったのか、老人はこちらを睨む。

「おい、入って来い」

老人が声を上げると、応接室に武装した十数人の男達が整然と行進してくる。

「像を作る職人は村長になれます。

貴方の良い選択を期待しています」

俺はようやく天職を見つけた。

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集積 水銀コバルトカドミウム @HgCoCd1971

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