でとねーたーず!!vol.3

維 黎

黄泉路への羅針盤

黄泉路への羅針盤コンパス・トゥ・ザ・アンダーワールド


 唱えられた瞬間、どこかの闇に繋がっていた空間を内側から巨大な骨の両手がこじ開ける。その裂け目から現れたのは人の子ほどの妖精。

 両目が潰され血の涙を流し、唇は上下を縫い合わされている。同様、二対の翼も。そしてその妖精は自身より巨大な羅針盤を両腕で頭上に掲げていた。


 暗黒神を信奉する闇司祭が授かる黒呪怨と呼ばれる神の奇跡。

 目の前の人ならざる存在もの――蠅の女王フライクイーンが神へと祈った災厄。死出の旅路を示す道標。

 一度ひとたび発動すれば止める手段はない。唯一希望的なことがあるとすれば、術の発動までに若干の時間を要するということだろう。もっとも、術の停止キャンセル解除ディスペルの方法などないので、文字通り時間の問題ではあるのだが。


「うわぁ。またマイナーなものを引っ張り出してきたわねぇ」

「……余裕だね、チェシカ。アレが妖精の慟哭バンシークライを放てば僕たちは死んじゃうっていうのに」


 魔導師の導衣ローブに身を包んだ見た目、十四、五歳ほどの少女に、背に二対の羽を生やした大人の手のひらほどの大きさの小人が半眼で語り掛けている。その様子からは呆れているのか馬鹿にしているのか判然としない。

 魔導師の少女の名は"チェルシルリカ・フォン・デュターミリア"。親しい者からはチェシカと呼ばれている。

 少女の目線の高さで飛んでいる少年とも少女とも見える中性的な容姿の小人は妖精種フェアリーと呼ばれる種族のヒュノル。

 

 砂の煉獄と呼ばれる砂漠にて。

 チェシカとヒュノルの二人以外は誰もいない。が、の範疇には含まれない存在ものは二人の前にいる。必殺の術を解き放とうとして。

 絶界の匣アブソリュートボックスと呼ばれる魔封じのはこ。神代の時代に創造されたと言われる一品で魔術協会特別保護指定アソシエーションプロテクトされている魔導具の一つ。中に封じられていたのは混沌の存在である蠅の女王フライクイーン

 魔術協会からの依頼で詳しいことはわからない――本人が覚えていないだけで事前に協会からは詳細を説明されている――が、要するに封印の有効期限が切れるので封印し直して欲しい、とチェシカは依頼内容を理解している。

 依頼を受けたチェシカとヒュノルは、人里離れた誰もいない砂漠のど真ん中まで絶界の匣アブソリュートボックスを持ってきては封印が解けるのを待っていたのだが、封印が解けると同時に、中に封じられていた蠅の女王フライクイーンがすでに術の詠唱をしていたのである。


「ねぇ、ヒュノル。妖精アレってあなたの同種族おなかまじゃないの? なんかこう『ねぇ、君! ちょっと僕とお茶してかない?』的なノリで説得とか出来ない?」

「無茶言わないでよ。それに


 無茶を言う幼子インポッシブル・ガールあざなを持つチェシカの要求を却下するヒュノル。

 ちなみにチェシカには数多くの字があり"百字の魔女"と呼ぶ者もいる。


「チェシカこそ"サクッと簡単一発お手軽封印術"とかないの? 帝法魔道学院を主席で卒業したんでしょ?」

「う~ん。お手軽じゃない封印術はいくつかあるけど、今からだと間に合わないわねぇ――て、ことでッ! "サクっと一発お手軽吸引術"を使うことにしましょう!」

「え?」


 開け 蒼天の霊櫃れいひつ


 冥界に揺蕩たゆたいし怨念どもよ

 集い出でて 我が怨敵を喰らいつくせ


餓鬼怨霊魂グラジイーター


 冥界より召喚された悪鬼魑魅魍魎どもが寄り集まり一つの球体となる。直径にして二メートルはあるだろうか。

 全体が汚泥のようにヌメヌメと波打ち、時折何かの、或いは誰かの無数のかおのようなものが浮かび上がっては再び球体に沈んでいく。そのどれもが無念や怨念に満ちた表情かお


 目の前の蠅の女王フライクイーンとその背後、羅針盤を掲げた妖精に向かって飛んで行ったその球体は、卵の殻を割るように上下に分かれると


 静寂。

 砂漠には二人だけになった。


「とめられぬなら、食べてしまおう羅針盤ってね♪」

「……」


 依頼終了と鼻歌混じりでご機嫌なチェシカをヒュノルは無言のジト目で見ていた。

 魔術協会からは高額な依頼料を提示されていた。一般人ならば一生働かなくても良いほどの。

 その依頼内容とは、再封印して無事に魔導具マジックアイテムを持ち帰ることだったのだが。

 ヒュノルが目線を前に向けると、ドロドロとした怨念の塊も蠅の女王フライクイーンも羅針盤を掲げた妖精も


「さ♪ 帰ろ、帰ろ♪」


 スキップも入れつつご機嫌な様子で帰路に就くチェシカ。

 先ほどからの鼻歌はずっと音程がズレているが気にしない。彼女には音程外れの歌姫ノイズ・シンガーという字もあるのだから。


 チェシカの言う通り依頼は終了と言っていいだろう。しかしではない。


「報酬、もらえるかなぁ」


 溜息と共にその小さな肩を落とすヒュノル。

 彼女と共にいる限りどんな精巧な羅針盤だとしても、真っ当な方向みちを指し示すことはない。


「――彼女の字で"方向音痴の童女ザ・ロスト”ってのもあったなぁ」


 小さな妖精のどこか達観した呟きは、砂塵の大地に吸い込まれていった。


               ――了――

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