夢の仕事・仕事の夢

楠本恵士

第1話・良夢?悪夢?

 女性アイドルユニット『プレシャス・ハート』の一人、夢見野童夢どうむは移動中のマイクロバスの中で目覚めた。

(ここは? あぁ、そうだったライブ会場に向かう途中だった)

 車内には他の四人のメンバーが、それぞれの時間を過ごしている。

 仮眠をしている者、イヤホンで音楽を聴いている者、スマホを操作して者、ラノベを読んでいる者がいた。


 メンバーは専属する会社の方針で、それぞれがニックネームをアイドルネームとして使っていて、仲間内でもアイドルネームで呼びあっている。

 夢見野童夢は『ドリーム』

 他のメンバー四人は。

『ハッピー』

『ラブリー』

『メロディ』

『マジカル』と、名乗っている。

 ちなみに、マイクロバスを運転している女性マネージャーは『グレース』と、勝手に名乗っている。


 ドリームが座っている席の、通路を挟んだ座席に座ってスマホで趣味の創作童話を執筆しているハッピーが心配そうな顔でドリームに訊ねる。

「大丈夫? なんだか、疲れたような顔しているけれど?」

「大丈夫だよ、少し仮眠したら良くなった」


 ハンドルを握る運転席のグレースが、交差点を左折しながら言った。

「見えてきたわ、今日のライブ会場……みんな、ファンのために気合い入れて」

 マイクロバスから、降りたメンバーは用意された控え室に向かう。

 渋滞で移動のタイムロスもあったので早速メイクアップ、ステージ衣装の確認、控え室での本番前の簡単なライブ手順の確認。

 二階にある控え室のカーテンの隙間から外を覗くと、すでに数十人のファンが並んでいて列が伸びはじめていた。

(緊張するなぁ)

 椅子に座って目を閉じたドリームは、ステージでの最終リハーサル前に少しウトウトした。


  ◇◇◇◇◇◇


「起きなさい! もう昼休みは過ぎているわよ」

 班長の暮巣の声に、食堂のテーブルに顔を埋めて眠っていた、童夢は慌てて飛び起きる。

「すみません」

 作業服姿で女性班長に謝る。

「早く仕事して、まったく、あなたって人はしっかりしなさい!」

 童夢は、自分の作業部署に向かう。

 従業員五十人程度の製作所。童夢の仕事は旋盤機を使った金属加工だった。

 機械油の臭いが漂う室内、作業服や軍手の指先にも油が付着する加工作業。

 童夢は額の汗を拭う。

(これが、あたしの仕事なんだ……これが、あたしの日常なんだ)

 油の臭いが染みついた指先では、仕事帰りにオシャレな店に寄ることもできなかった。

 せいぜい、コンビニに立ち寄って買い物をして、アパートの自分の部屋に帰るだけの毎日。

 就労時間が終わり、業者用の粉セッケンで油にまみれた手を洗い。

 ロッカールームで帰宅着に着替え、作業着をレジ袋に入れる。


(会社の女子シャワールームは満室……今日は会社のシャワーはいいや、アパートに帰って浴びれば)

 最寄り駅から歩いて、自宅のアパートの部屋に入った童夢は、作業服を洗濯機に放り込んで洗いのスイッチを入れると、部屋のベットに倒れ込んで目を閉じた。

(少しだけ、少しだけ仮眠して……)


  ◇◇◇◇◇◇


 ステージの方から聞こえてくる、場内アナウンスと満席の客席に座るファンの雑談するザワザワ声。

 椅子に座ってウトウトしていたドリームは、メンバーの一人、ポニーテール髪のラブリーに揺り起こされる、ハート型のイヤリングをしたラブリーが言った。

「ドリーム、起きてもうすぐ、開演の時間だよ」 

「いっけない、うっかり寝ちゃった」


 ステージに向かうプレシャス・ハート。

 七色のレーザーライトがステージを照らし、鳴り響く音楽の中を、それぞれをイメージする色のステージ衣装に身を包んだ、プレシャス・ハートのメンバーが左右から歌いながら現れる。


 観客席からの歓声、ステージの中央に並んで立ったドリームが代表して、感謝の言葉を応援してくれるファンに伝える。

「みんな、今日はあたしたちプレシャス・ハートのライブに来てくれてありがとう! みんなで盛り上がっていこう!」

 盛り上がるライブ、歌い踊りながらドリームは一瞬。 

(あれっ? ステージでの最終リハーサルやったっけ? もしかして、ぶっつけ本番?)

 そんな疑問を抱きながら、ドリームは会場の熱気の中でライブに集中した。

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