第1話 1日目
これは本格的に夏が始まったと感じる、ある暑い夏の日のことだった。
「人を…ですか」
「そうだけど」
初めて出会った人にそう問われた。『人を殺したことはある?』と。
「それは、ありませんけど…」
「そう」
僕が今まで17年間生きてきて、そんなデンジャラスなことはしてきてはいない。まず、初対面の人間にそんなおかしな質問をしてくるのか?そこで、僕はとんでもない人に話しかけてしまったんじゃないかと思い、数分前の自分を呪って、この場を後にしようとした。しかし、神様はそれを許してはくれなかった。
「それじゃあ、」
「え?」
相手側が話しかけてきたのだ。
「どうしてここに来たの?」
「ど、どうしてって…」
ここは下の方に見える街を一望できる小山の頂上だった。しかし、街を見下ろせるのは今僕たちがいる場所だけで、その他は木々が生い茂っていてほとんど見えない。それに、ここには自然だけしかない。人も滅多に来ない。下の方に見えるコンクリートの街並みからは隔離されているようだった。そんなところに僕が来る理由。1人でふらっと来たくなる理由。それは、ここに来れば、
「現実から逃げ出せるから…」
「え?」
「あ、えっと…いや、その…なんとなく来たくなる…んですよねー!ここは人もあんまり来ないから一人になれるし、空気もおいしいし、景色は綺麗だし!」
「………」
(しゃ、しゃべらない…)
先程の言葉が声に出ていたのか?なんとか誤魔化せたような気もするけど、返答が来ないので空気が重い。気まずい。何とか理由をつけてもう帰ろうか。うん、そうした方がいい。
「あ、あーそういえば今日はこの後大事な用事があるんだったなー!そ、そろそろ帰らないとー!そ、れじゃあ、僕はこれで…」
よし、自然!自然だぞ!僕はその場を急いで離れようとした。が、現実そうも上手くはいかない。
「下手くそ」
「は?」
「表情とか仕草とか見えてないけど、声だけでわかるわ。あなたは嘘がつけないのね」
また話しかけられてしまった。それよりも嘘がつけないとは?よそよそしいのがバレたのだろうか?そういえば先程から相手の後ろ姿しか見ていない。相手の座って丸まっている背中に永遠と僕は話しかけていたのだ。いや、会話をするなら面と向かって話した方がいいのではないか?そう思っていると、相手が急に立ち上がった。
「ここに来るのは私と同じ理由でしょう?」
「はい?」
「そんな気がするの」
「は、はぁ…」
話しながら相手はこちらを振り向いた。長い黒髪が太陽の光を浴びてとても綺麗になびいていた。その時なんとなく、青い空と緑に生い茂る木々が相手の人には似合うなと関係ないことを考えていた。
「あのね、私は人を殺したの」
唐突にそんなことを告げられた。
「え?えっとぉ…じょ、冗談は…」
「冗談でこんなこと言う?」
「………」
「あなたも私と同じような気持ちを持ってそうだなと思ったの」
「同じ気持ち?」
「そう、だからさっきみたいな質問をしたってわけ」
『人を殺したことはある?』か。初めて会ったはずなのに、どうしてそう思えるのか。僕も人を殺したことがあるとでも言いたいのか。もちろんそんなことは無いし、殺そうとしたことも無い。
それでも、自分の心の中身を抉られているようでいい気分ではなかった。緊張か恐怖か焦りなのか嫌な汗が全身から噴き出てくる。早くこの場を去ってしまわないと危ない。そう自分自身の勘というものが告げている。
「すみません、僕もう行かないと…!」
「あ、よかったら」
「?」
「気になるならまた明日も来てくれる?お話ししてくれると嬉しいわ」
僕はそのまま後ろを振り返らずに駆け出していた。
そして、その日はあの場所で出会ったあなたのことが頭から離れなかった。あなたのあの吸い込まれるようなどこまでも暗い瞳が特に印象的だった。
これが僕とあなたの出会いであり、現実から逃げ出す始まりでもあった。
君と僕のエスケープデイズ 友塚きい @nsmr-ksm
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