第60話 【異界】旅立ち(3)


 俺と白愛は車で、観光地でも有名な山のふもと――登山口――まで連れてこられた。

 てっきり『発生源である工場へ向かう』と思っていたのだが違うらしい。


 わずかだが、周囲には黒い霧が立ち込めていた。少し前まで、ここに闇の渦があったようだ。待っていたのはレッカ店長の仲間だろうか?


 女性のようだが、防寒用の装備で顔を隠している。他に登山客の姿はない。

 すでに人払いの結界が張られている可能性もある。


 まあ元々『冬の雪山を登ろう』という物好きは限られていた。

 仲間と思われる人たちと二言三言言葉を交わした後、レッカ店長は、


「よし、ついて来い!」


 と俺と白愛をうながす。なにやら『悪の手先になったような気分』だが、それは俺だけだろうか? しかし、山を登るのは想定していない。


 レッカ店長、ミーヤさんの二人は楽々と登って行く――いや、早すぎる。

 恐らく、完全な変身ではなく、一部だけを魔法少女に変身させているのだろう。


 普通に登ったのでは汗だくの上、息を切らせる結果にしかならない

 白愛もそれは理解したのか、髪飾りだけを変身させた。


 練習の成果だろう。思い付きではあったが、意外な場所で成果が発揮されたようだ。一瞬でも真面目に登ろうと思った自分が馬鹿らしい。


 今度は俺が白愛に手を引かれる形で、雪の山道をねるように移動する。最初は腕を引っこ抜かれるかと思ったが、れてしまえば白愛に合わせるのは簡単だ。


 タイミングを合わせ跳躍ジャンプすると、すぐに開けた場所へと出る。

 そこからは工場がある地域エリアを見下ろすことができた。


(相変わらず、景色だけは無駄にいいな……)


 待っていたレッカ店長とミーヤさんに、


「これから、どうするんですか?」


 と白愛は質問をする。流石さすがに俺は変身できないため、息を切らせていた。

 少しの間、休憩して息を整える。


 すでに〈深淵アビス〉は大きな球体となっているようで、工場をおおう漆黒の巨大ドームが形成されていた。近づくのも危険な雰囲気が漂っている。


「まあ、見てなって――」


 そう言って、レッカ店長が合図をすると、ミーヤさんが前へと出た。

 そして、黒い〈マナ〉を生成すると闇の渦を作り出す。


 渦はすぐに直径2メートルほどの大きさへとふくれ上がる。更にミーヤさんが魔力を加えると、その渦の中心に穴が開き、ドーナツ状の形になった。


 人一人がくぐるには十分な大きさだ。

 穴の向こうには別の景色が広がっている。


 明るい場所で見たのは初めてだが〈深淵の渦アビスゲート〉に似ていた。

 どういう原理なのかは気になるが、今は時間がしい。


「行くぞ!」


 とレッカ店長が飛び込む。俺と白愛は互いに目配せをしてうなずくと、手をつないだまま一緒に飛び込んだ。


 やはり〈深淵の渦アビスゲート〉は、通路としての役割があるらしい。

 ゲートの向こうで待っていると、ミーヤさんが姿を現す。


 彼女が魔力を注ぐのをめたためか、同時に出口が消えた。


「うわぁ!」


 白愛が感嘆かんたんの声を上げる。


「〈深淵アビス〉の中って、こんな風になっているんだね⁉」


 見渡す限り、荒れ果てた荒野だ。

 面積からいっても、俺たちがいた街よりも、かなり広い。


 しかし、遠くへ目を遣ると平坦な場所だけではなく、山々が連なり、深い谷間もある。周囲には植物など一切見当たらないが、遠くには薄気味悪い森が見えた。


 また、夕焼けのようなオレンジ色の空があるかと思えば、雲のかかった灰色の空が広がり、その向こうでは黒雲が立ち込め、雷鳴がとどろく。


 どうやら、そこが目的地のようだ。

 突然の大きな音に白愛はおどろき、俺の後ろに隠れた。


「まだ〈深淵アビス〉が完成していない――生まれたばかりの世界だ……」


 空気があって良かったな!――そう言って、レッカ店長は『アッハッハッ!』と笑った。


(そういうことは最初に言って欲しい……)


「じゃ、ちゃっちゃと変身するか……」


 とレッカ店長。ミーヤさんもカードを取り出す。

 白愛も慌てて、それに続いた。やはり、最初から簡易な変身をしていたようだ。


 二人の姿は一瞬で変わる。レッカ店長は、この間のゲームでも使用していた『赤のクラスルージュ』〈オーガ:バーニングストライカー〉の姿だ。


 ミーヤさんは恐らく『紫のクラスヴィオレ』〈カオスロード〉だろう。紫をアクセントとした漆黒の法衣をまとい、魔女といった雰囲気をかもし出している。


 正直、この二人の方がラスボスっぽい。白愛は――というと、


「クラスカード、セットアップ!」


 声を上げ、カードをかかげる。

 あわい光の粒子りゅうしはなち、カードはその場に静止した。


 次にクルクルと杖を回し、その先端をカードに向ける。


「『赤のカード』よ、魔を集約する力……」


 魔法杖ステッキから放たれた魔力の光により、カードはより一層、強い光をはなつ。そして、


「オーバーライト!」


 白愛の姿が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には妖精をした衣装へと変身する。同時に軽やかなステップを行い、可憐かれんにポーズを決めた。


 お気に入りの『赤のクラスルージュ』〈フェアリー〉へと変身したようだ。

 レッカ店長とミーヤさんがパチパチと拍手をする。


 なにやら保護者みたいだ。

 実際そうなのだが、劇の発表会みたいに見える。


 白愛をチヤホヤする二人。

 緊張感がなくなるので、その辺でめて欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る