第7話 【再会】兄と妹(1)


 よく見る夢があった。仲間と一緒に旅をする夢だ。

 『始まりの場所』を目指す――という異なる世界をめぐる冒険。


 俺の隣には、いつも彼女の笑顔があった。

 綺麗な羽を持ち、肩に乗るほどの小さな妖精の少女だ。


 そう、今みたいに――

 車での帰り道。後部座席の隣には白愛が座っている。


 晴れるのかと思っていた空は、再び雲でおおわれていた。

 今夜は雪が降るのかもしれない。


 外の景色をながめていると――ねぇ、ここ――とでも言いたいのか、俺のそでをクイクイと引っ張り、白愛が目でうったえ掛けてくる。


「どうかしましたか?」


 と花園先生。白愛の様子がおかしいことに気が付いたようだ。

 白愛には返答する余裕がないようなので、


「いえ、なんでもありません」


 彼女の代わりに俺が答える。

 それと同時に――大丈夫だ――と白愛に目で伝えた。


 この辺りには、白愛の父方である祖父の家がある。仲は良くないようで、両親からは『あまり近づかないように』と以前から言われていた。


 俺も詳しいことは知らない。

 だが、白愛の実兄である雪都ゆきとさんが養子として引き取られ、暮らしているそうだ。


 雪都さんは俺が尊敬そんけいする数少ない人物でもある。そんな彼から『白愛のことを頼まれている』というのも、彼女と一緒にいる理由の一つだ。


 俺は白愛の手に、そっと自分の手をかさねた。


「通り過ぎるだけだ……」


 問題ない――俺がつぶやくと、白愛も俺の手を強くにぎり返してきた。

 やがて、屋敷のへいが見えてくる。


 一見、武家屋敷のようにも見える木造のへいが延々と続く。

 だが、それは表面上に過ぎないのだろう。


 古く歴史のありそうな建物があるように『見せているだけだ』と聞いている。

 そもそも、この雪国で、歴史のある木造建築を維持するのは珍しいことだ。


 単純に『寒い』というのが最大の理由だろう。

 この家の場合、えて歴史を感じさせるデザインにしているようだ。


 そうすることにより、外から来る人間に対し、権威を示せるのだろう。

 歴史のある建物。広い敷地。それを維持する財力。


 相手は『勝手に解釈してくれる』というワケだ。

 また、庭には背の高い木々が植えられている。


 外から中をのぞくことは難しいだろう。

 歴史を考えると、日本家屋はこの街に相応しくない。


 一つは火事が多い。

 冬場は空気が乾燥しているし、暖房器具ストーブを使うのだから当然だ。


 また、冬以外にも強い風が吹く季節は注意が必要だった。

 もう一つの理由はアパートのような集合住宅を建てる方が合理的だということ。


 暖房は基本、付けっ放しで、家では冬でも半袖だとネタにされている時代もあった。


 外国との交易が盛んだった港町や先祖代々の土地を守り、農業が盛んな地域ならまだしも、ここにはさびれた港があるだけだ。


 工業都市として栄えたこの街には、昭和を感じさせる建物がひしめき合っている方がしっくりくる。かつては団地も多くあったらしい。


 ここは観光地でもなければ、市民の暮らしに関係してもいない。そう考えると、どういう意図で、この和風の屋敷を建てたのか分からなくなる。


 どんよりとした冬空と相俟あいまって、俺には薄気味悪く感じられた。


(まるでなにかを隠しているかのようだ……)


「本当に大丈夫ですか? なんだか、気分がすぐれないようですが……」


 バックミラー越しに映った白愛の様子を気にしてか、花園先生が再び声を掛ける。

 返答しようとした白愛をさえぎるように、


「大丈夫です。もう少ししたら落ち着くと思うので……」


 このまま走ってもらって――俺が言いかけた時だった。


「あっ! お兄ちゃん♡」


 白愛が声を上げる。同時に彼女の手が俺から離れた。


めますね」


 こうなることが分かっていたのだろうか。

 花園先生はウインカーを点滅させると車を歩道に寄せた。


 躊躇ちゅうちょすることなく、白愛は窓を開ける。

 シートベルトをしていなければ、そのまま飛び降り兼ねない勢いだ。


 冷たい風が車内に入り込む中、


「お兄ちゃん♪」


 嬉しそうに声を掛ける白愛。

 雪都さんは突然のことに一瞬、反応が遅れたようで、


「……おおっ、白愛か⁉」


 おどろいた表情をする。

 どういうワケか、雪都さんは最初、いぶかしげな表情をしていた。


 しかし、妹の白愛であることに気が付くと笑顔に変わる。

 確か、澪姉みおねえが――会うかも知れない――と言っていた。


 もしかすると、すで揶揄からかわれた後の可能性もある。


『お兄ちゃん☆ 残念、ワタシでした♪ 白愛ちゃんだと思った? でも、可愛いからいいよね♡』


 そんなり取りが行われたことを容易に想像できてしまった。

 原因は間違いなく澪姉だろう。ご愁傷様だ。

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