第5話 悪魔国迎撃


 平野を魔物の大軍が歩いていた。


 その中にいる魔物もいくつか種類がある。


 主には黒色の毛皮をまとった狼――シャドーウルフ――と、翼にコウモリの羽を生やした小型の人型――インプ――だ。


 更にオーガも五十を超える数が帯同していた。


 それらの総勢にして千を超える大軍。そしてそれを率いるのもまたオーガだった。


 いや正確に言えば少し違う。普通のオーガよりも一回り大きく、色も鮮血のように真っ赤な姿。


 それは……ハイオーガと呼ばれる上位種だ。


「オーロウ様! 前方にゴブリンの群れがいますぜ!」


 上空を飛んでいたインプの叫びに、ハイオーガは頷いて前方を見据えた。


 彼の名前はオーロウ。悪魔王から名前を賜ったと呼ばれる魔物。


 種族名ではなく固有名を与えられているのは、重用された主力の魔物である証明だ。


 彼の前方には平野を陣取って、明らかに待ち構えているゴブリンの群れがいる。


「……ククッ。どうやら新たに生まれた魔王とやらは、ロクな戦力も持たないようだな! 様子見でもよいと言われていたが、一気に攻め滅ぼしてしまうか! そうすればこの土地は岩国から悪魔国のものだ!」


 オーロウは歓喜の咆哮をあげた。


 魔王にとっては領土は命に等しい。その配下の魔物からすれば、その領土を増やす手柄を上げることは功績になる。


 己の展望を期待して絶頂する者に対して、ゴブリン軍から四名の人型が現れた。


「待て! それ以上向かってくるならば、こちらも迎撃させてもらうぞ!」


 その中でまるで人間のように見える者が叫ぶ。


「あん? なんだお前は!」

「お、俺は魔王だ! 確かに我が国にも仕方なく土地を奪った非はある! 話し合いの余地はあるか!」


 男は少し狼狽しながらも必死に叫ぶ。


「そんなもの、あるわけねぇだろうがぁ! お前らにはある意味感謝してるぜぇ! お前らのおかげで岩国の領土も少し分捕れるからよぉ!」

「ならば仕方がない! 我が軍は総力をあげてお前たちを撃滅する!」


 オーロウは咆哮をあげた後に、残りの三名の魔物に視線をうつした。


「はははははっ! そ、総力ってお前! たかがゴブリン三百は論外! 残りもオーガにハーピーとかいう精々中の下程度の魔物一体ずつで総力! はははははっ!」 


 腹を抱えて爆笑し始めるオーロウ。


「クキキ、なんて愚かな魔王だ! 数でも質でも負けてるクセに撃滅とか!」

「ゴブリンなんぞ何の強みもない魔物を選んだのだ。そのオツムもゴブリン並みなのだろうよ!」

「あの魔王って何の魔物か不明だけどブーモっぽくね? ブーモならゴブリンより下だから仕方ないな!」


 後方にいる他の魔物たちも一斉に嘲笑しはじめる。


 彼らは誰も自分達の勝ちを疑っていない。


「クックック、《彼の者の神髄を見通せ》」


 白衣を着たゴブリンが軽く唱えると、シャドーウルフやインプの周囲に文字が浮かび上がる。


―――――――――――

シャドーウルフ 

ランクD         

力 :D

敏捷:B

体力:E

魔力:―

知力:F    

 

インプ 

ランクE+

力 :E

敏捷:D

体力:E

魔力:D

知力:D 


オーロウ(ハイオーガ)

ランクC+

力 :B+

敏捷:D+

体力:B

魔力:―

知力:E

―――――――――――



「ステータスを確認したか。いや残念だったなぁ? インプもシャドーウルフも、ゴブリンより遥かに強い! 質も数も負けてどうするつもりだ?」

「ステータス上はそのようだな! だがそれがどうした!」


 オーロウの笑い声を否定するように、ブーモと呼ばれた男は叫ぶ。


「はははははははははは! ステータスを知らない愚かな魔王と話すのは時間の無駄だな! この手柄でEPをより多く頂ければ、俺は更にできるはずだ! 野郎共、あの貧弱なゴブリン軍を粉砕するぞっ! 続けぇ!」


 オーロウは先頭に立って突撃し始めて、他の魔物たちもそれに追随する。


 彼らの進撃に迷いはない。真っすぐ突っ込めば必ず勝てるという確信があるのだろう。


 事実としてゴブリンは魔物の中で最下層だ。空を飛べもせず、魔法を撃てもしない。


 機動力もなければ頭も悪いという良いところがない存在。


 そう舐めきった彼らは、ゴブリンたちの持つ弓に一切の興味を抱かなかった。


 まだ距離があるのに正面から突撃を行ったのだ。


「ゴブリン弓兵部隊、構え!」


 ブーモと呼ばれた男の指示に従って、ゴブリンたちは矢をつがえて弓をかまえた。


 引き絞る矢を見ても、悪魔国の軍は何も考えずに突撃してくる。


 彼らの不幸は弓矢の知識が皆無だったことだろう。


 この世界では人間は存在しない……魔王や魔物たちは人の牙など知る由もなかったのだ。


 そんな知識のなさが彼らの命運を分けた。


「放てぇ!」


 ゴブリンたちが引き絞った矢が雨のように放たれて、悪魔国の軍に襲い掛かる!


「……へ? ぎ、ぎやああああぁぁぁぁあぁ!?」

「い、いでぇぇえぇ!?」

「きゃいぃぃぃん!?」


 インプやシャドーウルフが矢に貫かれて、その場で倒れてのたうち回る!


「ば、バカな!? あの距離から攻撃が届くだと!? 魔法か!? いやゴブリンは魔法など!?」


 オーロウだけは自慢の筋肉の鎧で矢が刺さらず、壊滅していく後方の魔物軍を茫然と見ている。


 ゴブリンの遠距離攻撃手段など精々が貧弱な腕力から放たれる投石程度、という魔物のが覆った瞬間だった。


 矢の雨に飲み込まれて苦しむ魔物の軍。


 彼らは負傷して足が止まり、立っていられずにバタバタと倒れて行く。


 だがまだまだ矢は飛来し続ける。地に倒れたが生きていた魔物たちも、追撃の矢が刺さり絶命していく。


 オーガたちは丈夫故に最初は矢が刺さっても耐えていた。ゴブリンの力で引く矢では致命傷にはならない。


「いっけー! ボクの矢!」

 

 だが上空からの射手ハーピーの一矢は別だった。


 オーガたちは矢による鋭いヘッドショットを受けて、頭を貫かれて悲鳴もあげれず死んでいく。


 ハーピーの弓はゴブリンと同じくショートボウだ。だがゴブリンお手製の弓に比べて射る力が強いために威力も高い。


 そして矢の雨がやんだ後、まともに立っている悪魔国の兵はオーロウ一騎だけだった。


 彼は地団太を踏んで、ゴブリン軍を鬼の形相で睨む。


 オーロウに改めて矢の雨が降り注ぐ。だが全てが筋肉の身体に弾かれていく。


 上空からハーピーも矢を放つが、頭蓋に当たっても刺さらずはじき返される。


「えっ!? ボクの矢が弾かれた!? じゃ、じゃあ身体の方は!?」


 ハーピーは再度弓をつがえてオーロウに向けて射る。


 放たれた矢は肩や腕などに刺さったが、オーロウは意に介さずに地団太を踏み続ける。


 多少血が流れた程度でロクなダメージになっていないのだ。


 オーロウは刺さった矢を気にもせずに空に向けて咆哮した。


「……ふざけるなよ、いやふざけるなよ! お前ら……俺を怒らせたな! 全員殺す! 雑魚魔物が集まったところで、俺に勝てるわけがないだろうが!」


 オーロウは血走った目で激怒して、もはや矢が刺さるのも意に介さずにゆっくりと前進し始める。


「そうはいかぬ。貴様の相手は拙者だ」


 その前に大剣を持つオーガが立ちふさがった。


「はぁ!? 俺はハイオーガだぞ! 上位種だ! ただのオーガなお前が勝てるわけねぇだろうが!」

「拙者は口で語らず、饒舌なのは剣のみ」

「じゃあ死ねやぁ!」


 激高しながら両こぶしを握って、勢いよく突っ込んできたオーロウ。


 対して剣豪オーガは大剣を下段に構え、力強く横なぎに振るった。


 その剣の軌道は見事にオーロウの腹をとらえる。


「が、あ……え? は? 俺はハイオーガ、え? オーガ……にま、げ……ば、かな」


 ハイオーガは現実を理解できないまま、胴部分を横に両断されて真っ二つになって死んだ。


「すまぬな、我が剣は少々やかましい」


 剣豪オーガは大剣を軽く振るって、刃についた血を飛散させた。




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昨日以外は一日一話投稿予定でしたが、モチベが上がりましたので二話目です!

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