第12話 争いとハープ

 女性になっても騎士団を率いて魔物退治に出陣している。直系の王族は私しか居なく、父上には弟妹がおり、例えば私が命を落としたときは、代わりがいる。

 魔物退治に行かせてくれているのも、女になって自暴自棄になられるよりも戦いを好む私の気持ちを尊重して。


「ミシェル様、変です、魔物の数が報告より多すぎます」


 前線で剣を振るっていた私に大声で話しかけてくるのは、騎士団長ゲーリック。私に剣術を教えてくれた師匠。呪いを受けたことを打ち明けてはいないが、剣術をどこで教わったのか一度聞かれたことがある。


剣術の腕前を認めてくれており、戦いの時は皆言葉遣いが雑になることもあり、私の口の悪さが目立たない。戦いが終わり労わるときだけ、ゲーリック団長は私の事をにらみつける。


「報告は上がっているわ」


 魔物の数が増えている。諸外国からも共通の情報として挙がってきている。戦場に来ないミハエルに調べさせている。ラジエルに聞いても教えてもらえないということは“未来に関わる事”。自力で答えを見つけ出さないといけない。


「誰一人として怪我したら許さないから」


 私と一緒に戦場を駆け抜けてきた者は誰も死なせたりしない。見合い話も上がて来ていて、調査が終わり次第第二回のパーティーも開くと母上が嬉しそうに言っていた。一回目はお眼鏡にかなう人が居なかった。呪いのタイムリミットはあるけど、その中で最愛の人を見つけて欲しいと母上は言っていた。


「ミシェル様、お逃げください」


 古龍の力を宿した火竜が一体飛んできたことに気が付かなかった。


 野生動物の本能は、一番強い者に喧嘩を売る。


 今この場所で力の強いのは、私だ。


「いい度胸じゃない」


 私は魔力を剣に流し込む。女の力では到底敵わない相手。火竜の瞳の奥が光る。


「私の相手をしてくれるのかしら」


***


 燃えるように体が熱い。魔力が枯渇していて、自分の中が空っぽの抜け殻になってしまっている。


「ミシェル、目を開けて」


 必死に呼びかける母上に「大丈夫だよ」と言いたいのに、口が動かない。目も開かないから、声だけしか、聞こえない。


「王妃様、ミシェル様に治癒を施しています。後は本人の体力次第で」


「どうして無理したの」


 泣き声交じりの母上の声に、子供の頃良く泣かせていたことを思い出してしまった。


「今日の夜が山でしょう」


 山?何が山なんだ。体は動かず、目も開かないのに思考だけは巡っている。城仕えの医師に子供の頃良く世話になっていた。最近は怪我をしない様になったから、世話になっていない。


「医者なのに治せないの」


「ミシェル様の体力が持てば」


 大丈夫。すぐに元気になるからと、口を動かしているつもりなのに、開かない。少しすると、部屋の中が静かになり、ひんやりと小さな何かが私の頬を触る。


「リテラス様、あなたが望めばそれに見合うハープを特別に奏でましょう」


 ラジエルの声が私と話す時よりも数段優しい気がする。頬に触れた小さい何かの話声。知っている声。もう一度会いたいと願う少女のものが、どうして聞こえる。リテラスの名も偶然思い浮かんで付けた。


「よい子よ、眠れ。空は暗く瞬く星空に人は何を願う。眠れよ、よい子。また明日を楽しく過ごせますように」


 歌声とハープの音が心地よく、魔力が体を満ちていく。


 城にあの子が居るはずないのに、と目を開けて確かめようとしたが、瞼は重く、開くことが出来なかった。




☆★☆★☆



 大怪我をして帰ってきたミシェルに対して人が施せる処置だけでは命が危ないのは一目瞭然だった。声を出すことができるようになったわたしならば助けることができる。でも一度きりしか力が使うことができないという。


「僕がお手伝いします」


 ラジエルはわたしが大粒の涙をすくうように拭き取った。


 息は浅く、医者の見立て通り、今夜が山場。今夜を乗り越えられなければ目を開けることができない。


 私は枯渇した魔力が戻らず、包帯で巻かれていた腕からの瘴気を感じ取る。


「古龍というよりも、魔王の手先じゃないかしら」


 ラジエルが力を貸してくれるというので、私は軽く背伸びをする。ラジエルはいつの間にか手にハープを携えていた。


「気がつきましたか。魔王復活まで時間が無いのかもしれませんね」


「せめて私の呪いが解ければ」


 聖魔法最大の奥義は、歌姫だけに伝わる結界魔法。ラジエルが教えてくれた。数百年単位で人の世界と魔の世界との結界に綻びができてしまうため、歌姫も生まれる。歌姫は偶然その結界魔法を知ることになるらしい。世界が滅びない様に神様達が手を回して偶然を装い、奥義を伝えているらしい。


「リテラス様は力を込めないで歌っていただいて大丈夫です。僕のハープが補強してミシェル様の傷を癒します」


「ありがとうございます」


「貴方がこの傷の後ろに隠れている崩壊の危機を感知したご褒美です」


 ご褒美という言い方も不思議なもの。人の命がかかっているのに、ラジエルは一般的な対応をしてくる。ミシェルが死ぬとなったらきっと、「はいそうですね」という様に、ラジエルにとっては命の価値が無いのかもしれない。


「難しい顔をしないでください。僕はあくまでも天使です。人の心が分からない生き物です」


 少し困惑した表情でラジエルはハープを奏で始める。初めて聴く旋律の筈なのに、言葉が自然とこぼれ出た。



***


 歌い終わると規則正しい寝息を立て始めるミシェル。リテラスも安心したのか枕元にうずくまっている。


「僕が呼ばれたのは、世界のためですかね」


 力を使いこなせるかどうかは、僕ではない。僕という存在を上手く人が利用できるかが問題。


 政治などに介入することは許されないが、気が付いた内容に手助けをするのはギリギリセーフ。リテラスという歌姫にカエルの呪いがかけられているのは、魔王の手先の仕業の可能性がある。


 運命の相手は魂で繋がっているため、二人が恋仲にならないために、ミシェルに女になる呪いがかけられた可能性がある。現王に惚れた魔女が呪いをかけたことになっているが、魔女が人に恋をする確率が少ない。


「人の世界をまだ壊されてはつまらない」


 力が無いくせに、懸命に動き回る人間。生きられる時間が短いから一生懸命になれるのか、僕たちは知らない。知るために観察をしている。


 二人分の寝息が聞こえる。

 この時だけは幸せな夢をと、僕は再びハープに手を伸ばした。

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