第10話 カエルの声は美しい(カエル視点)
専用のベッドも用意してくれたミシェルはスヤスヤと寝息を立てていた。ラジエルは私の存在に気が付いているのかもしれない。知恵の書を持った天使。運命が乱れることは話せないのであれば、私の正体をミシェルに言ったりはしないだろう。
ミシェルは私の名前を憶えてくれていた。暴言を吐いた私の事を覚えていてくれているとは思わなかった。嫌われているはずだから。愛していないと言霊を吐いた私。
実はミシェルはいじめられるのが好きなのか。
考え事をしながらそっと窓を開け、バルコニーに出る。城には魔が侵入することが許されない結界が張られている。
「深夜に起きているのはよくないですよ」
ラジエルが私の横に座る。天使のであるラジエルの姿を見ることができるのは城の中には居ないようだ。骨董店も何かしらの術式がかけられてあった。ミシェルは潜り抜けた。呪いが二つもあるせいで、術式に耐性があるのかもしれない。
「ラジエル様」
「・・・。呪い少し解けましたね」
「はい?」
カエル語でもラジエルは理解してくれていた。天使だけあって人間語以外も大丈夫なのかと思っていた。
「完全に解けていないのは、ミシェル様が自覚していない可能性もありますね」
「私話せているの」
「えぇ、歌姫の貴方の声は美しい」
久しぶりに自分の声を聴いた。人々に暴言を吐いていた声なのに、今はすごく懐かしく思う。私のギフト。声に魔力を乗せた歌声は魔を払うことができる。騎士団と一緒に討伐にも参加したことがある。
その時騎士団員達に「貴方達だけで退治できないから私が駆り出される羽目になったのよ」と口が滑った。性悪と陰口を叩かれていたのを知っている。ギフトの能力がなければ私は早い段階でどこかに嫁がされていたと思う。しなかったのは、国の護りを完璧にするため。私がカエルの呪いがかけられたことは伏せられている。
他国に攻め入る隙を与えさせない。
「ラジエル様私が話せることは暫く黙っていてください」
女王にふさわしくないと言われ続けていた。兄が国を継ぐため私は国を背負わなくていい。戦場で死ぬこともできた。
呪いがかけられて直ぐにカラスなどに襲われそうになったけど、もう一度ミシェルに逢いたい一心でここまで来た。
魔物が活発に動いているとミシェルは呟いていた。話せるようになったのならば、歌うこともできるかな。
「リテラス様。貴方の枷は全て外れたわけではありません。カエルの姿のまま能力を声を取り戻せた今なら使うことができると思います。一度使えば体がもたないかもしれません」
「忠告ありがとう」
一度だけ使えると知れれば、それで十分だ。切り札があればいざとなった時、ミシェルの力になれる。カエルのまま傷ついた心を癒しているのを私は耐えられなかった。
「声を取り戻したリテラス様には覚えておいて欲しい歌がありまして」
珍しくラジエルは己の本を私に見せる。普段読めない文字が歪んだ瞬間、見慣れた母国の文字に変わった。
「ここにあります、子守歌と、破滅の美声とを是非覚えておいて欲しいのです。歴代のギフトの方の譜面が残っていたかと思いますが、こちらは秘蔵の歌。貴方を護る力となることを願います」
「どうして」
「魔物が活発になってきています」
人の政治に介入することは許されない。偶然本をミシェルが手にし、召喚されたラジエル。
「僕は神からギフトをもらた人に譜面を見せただけ」
「ありがとう」
母国は兄がいる。私以外にもギフト持ちが数名居たので、地盤は固い。
諸外国がどれほどの力を蓄えているか分からないが、国ごとに聖女や、聖魔法使いがおり、国を守護している。
「絡み合った呪いのせいで、ミシェル様は力を出し切れていない。本来なら聖剣に選ばれてもいい力を持っている」
「本人も聖剣の持ち主と戦いたいって言っていたわ」
「元々がお優しい方で、御父上である国王に惚れた魔女に女になる呪いをかけられ、ゴブリン族の壺を壊して素直になれない呪いが付くとは、不憫な王子」
部屋の掃除をする侍女が怯えていたのは、お姫様の機嫌を損ねてしまえば首が飛ぶ。
「ラジエル、ゴブリン族の呪いだけでも解けないの」
「二つの呪いが絡み合ってしまったため、難しい。失敗して男に戻れなくなってしまったら一番悲しむのはミシェル様。国を継ぐ者の定めに決定する呪いを僕は触れません」
「変なことは教えているのに」
「教育は問題ありません。抹消された歴史なんて多くあります」
人とは違う時間を生きているラジエル。
「僕に歌声を聞かせてくれませんか、姫」
ラジエルには珍しく、頼みごとをしてきた。
「書に書かれている歌を聞いてみたいのです。もちろん力は使わなくて問題ありません」
カエルになり、人とコミュニケーションが取れなかった。カエル語でも会話をしてくれたラジエル。そして、新しい歌も教えてくれた。
「分かったわ」
夜の闇に私の声が漂っていくのを感じていた。
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