64 魔法大会です!⑤

「よろしくお願いしますぅ~、お異母姉様!」


「よろしくね、コートニー」


 形式だけの握手を交わす。異母妹は力強く握って、下から異母姉を睨め付けた。

 そして、


「今日であんたの天下もおしまいよ」


 誰にも聞こえないくらいの音量で、異母姉の耳元で囁く。


「まぁ、怖い」クロエは涼しい顔をして言う。「でも、勝つためには、それくらいの心がけは大事よ。お互いに頑張りましょうね」


「……チッ」


 コートニーは舌打ちをして、握った手を乱暴に離した。

 二人の姉妹は背を向け合って、試合開始時の所定の場所へと移動する。


「クロエ、コートニー、頑張れ!」


 忌々しい父親の声援が聞こえた。

 彼は娘二人が決勝戦に進んでご満悦のようだ。どちらが勝ってもパリステラ家の栄誉は輝く。全ての価値観が魔法にある彼にとっては、まさに最高の展開だった。


 コートニーは、振り返って父に笑顔で応える。

 クロエは父に目を向けながら、隣の継母をさり気なく観察した。

 彼女は余裕の笑みを浮かべながら、二人を見下ろしている。もう実子が勝利したも同然かのような態度に、クロエは違和感を覚えた。


(やはり、なにかを企んでいるようね。気を引き締めて臨まなきゃ)


 あのずる賢い継母のことだろう、レイン伯爵令息が失敗した場合には、別の手を打っているはず。

 しかも彼女のことだから、おそらく卑怯な寸法だろう。十二分に警戒をしなければ。




「決勝戦、始めっ!!」


 これまでよりも気合の入った審判の声で、試合が開始した。

 静かで、緊迫した空気。姉妹は黙って互いを見つめている。観客も固唾をのんで二人の様子を見守っていた。


(さぁ……どう出るのかしら)


 クロエはここでもカウンター攻撃を主軸に戦おうと決めていた。まずは異母妹に好きなようにやらせて、いい気分にさせたところで反撃をしようと考えていたのだ。


「爆ぜろっ!」


 動かない異母姉に痺れを切らしたのか、先に異母妹が動く。

 彼女は人の頭よりも一回り大きな魔法の弾を立て続けに撃った。


 クロエは後方に飛び跳ねて、それらをかわす。魔法の弾は地面に着地して、激しく爆ぜた。

 連続する爆音。硝煙が漂う。土埃が晴れる前に、コートニーは次々と魔法の弾を撃ち続ける。その度に、どどどっと地面が揺れた。


「ほらほらぁ、逃げてばかりでは勝てませんよ、お異母姉様ぁっ!」


 コートニーはこの試合で、異母姉との決定的な実力の差を、周囲に見せ付けようと考えていた。


 今日は国王をはじめとする王族や、高位貴族も集まっている。そんな多くの国の要人たちの前で、異母姉なんかより自分のほうが優れている事実を知らしめてやるのだ。


 きっと、姉妹の評価もがらりと変わって、二人の立場も逆転するはず。


 そうしたら、スコットは自分のものになって、異母姉はあの田舎者の男爵令息と惨めな貧乏暮らしを送るはめになるだろう。

 ……いや、男爵令息のあの飛び抜けた顔の良さは許さない。異母姉が嫁ぐときに、綺麗な顔に魔法で大きな傷を付けてやろうか。


(っていうか、そもそもあの女が結婚して幸せな生活なんて許せない! やっぱり、娼館か奴隷商人に売り払うべきね…………)


 コートニーの攻撃は続く。

 彼女は爆撃系統の魔法が得意のようだった。逆行前も、圧倒的な魔力量で相手を捻じ伏せる戦いを好んでいた。それだけ周囲との差が歴然としていたのだ。


(つまり……考えなしの力技ってことなのよね)


 用心深く観察していると、異母妹の戦い方は単調だった。お決まりの攻撃に、お決まりのパターン。まるで戦い方というものが分かっていない。

 これまでは彼女の巨大な魔力で誤魔化せただろうが、自身より力の強い魔道士や策をめぐらすタイプの敵と対峙したときは、どうするつもりなのだろうか。


(よし、こちらからも行くわよ……!)


 クロエは、はたと立ち止まる。

 そして正面を見据えて、コートニーに反撃しようとした折も折、


 ――ぐらり、と視界がぶれた。


「えっ……!?」


 すぐさま体勢を立て直そうとするが、急激に息苦しさと目眩が襲ってきて、がくりと膝を付く。


(かっ……身体が…………)


 全身が痺れるような感覚。

 動きたくても、まるで強い力に抑えつけられているかのように、その場にうずくまった。

 酷い寒気と肉体の硬直。目がチカチカする。気持ち悪さが胸の奥から押し寄せて、魔法を使う余裕どころか、指先ひとつ満足に操作できない。



 そのときだった。


 ――ドォン、と一際大きな爆音が会場内に轟く。


 コートニーの攻撃が、クロエに直撃したのだ。


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