61 魔法大会です!②

 魔法大会はトーナメント形式だ。

 予選は3つの試合場で並行して試合が執り行われる。

 ルールは単純で、決められた試合場のラインを越えて、外へ出てしまったら負け。また戦闘不能状態や、自分から「降参」を宣言した場合も敗北となる。もちろん、相手を殺すのもルール違反だ。







 会場がどよめく。聖女という予想外の人物が入場口から出て来たからだ。


(大勢の貴族が私を見ている……!)


 観客の視線を一身に浴びて、クロエはご満悦だった。

 衣装の飾りの銀糸の刺繍が太陽を反射して、ギラギラと光っていた。その輝きは漆黒の布地にとても映えて、神々しさを帯びていた。



「よろしくお願いしますね。お互いにベストを尽くしましょう」


「よっ、よろしくお願いします。せ……聖女様……!」


 クロエの相手は現役の魔導騎士のケヴィン。

 彼は子爵家の次男で、家督を継げないので得意の魔法を極めて魔導騎士団に入った人物だった。


(マジかよ~……。聖女様と戦うのかよ、オレ……。それにしても、綺麗な人だなぁ……)


 彼は困惑しつつ、思わず聖女の美貌に見入っていた。


「第一回戦、グループA、試合開始!」


 審判の合図にケヴィンははっと我に返る。

 慌てて対戦相手を見ると、彼女は葡萄の瓶くらいの長さの魔法の杖を構えながらも、困ったようにその場にじっとしていた。一目で、戦い慣れていないことが分かる。


(物凄く戦い辛いけど……ここは一気に行くしかない、か)


 さすがに観衆の前で聖女を痛め付けることなどできない。

 あの中には、彼女の信奉者は多くいるはずだ。彼らに後から言いがかりを付けられるのは避けたかった。

 だから、聖女を傷付けないためにも、一瞬で片を付けるしかないのだ。


 少し良心は痛むが、強い魔法で威嚇をしよう。

 彼女が驚いて「降参」を宣言するか、ラインから飛び出したらそれで良しだ。

 あるいは、その場で呆然と立ち尽くしていたなら、瞬時彼女に背後に回り、魔法に見せかけて直接首を突いて気絶をさせるのだ。


 ……よし、作戦はこれしかない。




(ここは相手の出方を見たほうがいいわね)


 クロエは警戒しながら相手を見ていた。

 自分は聖女と呼ばれている人間だ。こちらから攻撃を仕掛けて、好戦的な姿を観客に晒すのは宜しくない。

 だから、あくまでもカウンター攻撃のように見せかけて相手を倒さなければ。


「クロエ、コートニー、負けるなっ!」


 正面から忌々しい父親の声が聞こえた。ふと目をやると、父と継母が国王の近くの高位貴族席に優雅に座っていた。

 継母はツンと澄まして座っているようだが、コートニーと視線を合わせたかと思うと、ふっと怪しく弧を描いて笑う。

 やはり、継母と異母妹はなにかを企んでいる。クロエはそう直感した。



「炎よっ!!」


 そのとき、ケヴィンが声を上げる。

 彼は短く詠唱をして、眼前に巨大な火球を顕現させた。


 炎の塊は成人一人がすっぱりと中に入れるくらいの巨大な球で、ぼうぼうと音を立てて真っ赤に燃えていた。

 火球は激しく燃え盛りながらうねって、みるみる変化をする。


 そして、


「オオオオオオオオオッ!!」


 炎のドラゴンとなって、雄叫びを上げた。沸き起こる歓声。会場内も熱気に包まれる。

 太陽のような真紅の炎は、クロエのキラキラした銀糸を灰色に曇らせるような圧倒的な存在感だった。


「行け! 炎竜!」


 ドラゴンがクロエに向かって、跳んだ。

 刹那、突風が起こって、熱風が渦を巻く。一瞬の灼熱。頬が焼けるように熱い。

 クロエは動転した様子で、魔法の杖を振り上げる。




 ――――、



「あら、もともと攻撃は外す予定だったのね。優しいのね」


 静寂な空間で、クロエは一人ぽつりと呟いた。


 目の前には人を丸呑みしそうな炎のドラゴン。その赤い揺らめきも完全に静止していて、地獄のような熱も消え去っていた。


 彼はドラゴンを自分に直接ぶつけるつもりはないらしく、ぎりぎりのところで空へ上昇させる予定だったようだ。

 おそらく、戦闘経験のない聖女を怯えさせて「参りました」と言わせるためだろうか。

 あるいは動けないうちに気を失わせようとでも思ったのか。

 強引にラインの外に押し出す?

 ……いずれにせよ、甘い考えに彼女は微苦笑した。


「――さてと、元の場所に帰ってもらいましょう」


 クロエは彼より強い魔力を放出して、ドラゴンを持ち主のもとへと送る。魔法に失敗をして暴発した風に見せかけるのだ。

 これなら、聖女の攻撃的な姿を見せることもないし、仮に自分が怪我をして彼が糾弾されるような事態にもならないだろう。


「卑怯者~!」


 背後から野次が飛ぶ。……ユリウスだ。彼はニヤニヤと笑いながらクロエの様子を眺めていた。


 彼女はきっと睨み付けて、


「別に卑怯じゃないわ。ただルールに則って、自分の魔法を使っているだけよ」


「観客としては君だけが強すぎて詰まらないなぁ」


「今日はそういう試合をしに来たんじゃないの」


 そう、今日は観客たちに楽しみを与える目的ではない。己の力の誇示でもない。

 コートニーを叩き潰すだけなのだ。そこに娯楽要素なんて必要ない。



 ――――、




 再び時は動き出す。


 ドン――と重い音を立てて、炎のドラゴンはケヴィンの足元へと墜落した。

 爆発音。地面が振動する。魔導士たちが結界の力を強めた。

 しばし、黒煙が周囲を覆い尽くす。


 ややあって霧が晴れると、


「勝者、クロエ・パリステラ!」


 わっと歓声が上がる。ケヴィンは自身の放った魔法の操作に失敗し自滅して、白目で冷たい地面の上に横たわっていた。



 クロエが笑顔で観客に手を降っていると、


「勝者、コートニー・パリステラ!」


 隣の試合場で、異母妹の勝利宣言をする審判の声が聞こえてきた。



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