60 魔法大会です!①
「クロエ、今日は頑張ってくれ」
「ありがとう、スコット。良かったら、コートニーにも声援を送ってあげてね。あの子、今日のためにとっても頑張っていたから」
今日は国王主催の魔法大会。
特別な日に相応しく、雲ひとつなく晴れ渡る空と爽やかな風が吹いて、とっても気持ちの良い天候だった。
会場は魔導騎士団が所有する円形闘技場で、中央の選手たちをぐるりと観客が囲む。激しい戦闘が予測されるので、万が一のために国管轄の魔導院の上級魔導士たちが結界を張っていた。
クロエは選手の控室に待機していて、婚約者のスコットが応援に来たところだった。
「もちろん」スコットは微笑む。「パリステラ姉妹で表彰台を独占するように応援しているよ」
「あら? あなたは姉と妹どちらが優勝だと思っているのかしら?」と、彼女はいたずらっぽく笑う。
「それは当然クロ――」
「スコット様ぁ~! あたしの応援に来てくれたんですかぁ~!?」
出し抜けにコートニーがスコットの背後からがばりと勢いよく抱き着いた。彼はバランスを崩しかけたが、未来の義妹を受け止めて苦笑いをする。
「姉妹二人の応援に来たんだよ。コートニー嬢、今日は頑張ってね」
「はいっ! 絶対に優勝してみせますから! お異母姉様なんかに負けません!」
「それは楽しみね。お手柔らかにね、コートニー」
「ふんっ!」
「クロエ、無理しすぎないようにね。君は癒やしを与える聖女なんだから」
スコットは心配そうに婚約者の顔を覗き込んだ。本音はクロエに出場して欲しくなかったのだ。
こんなに心優しい聖女の彼女に、野蛮な戦いなんて向いていない。だって、虫も殺せないような綺麗な心を持った女の子なのだから。
「大丈夫よ、スコット」クロエは彼を安心させるように笑顔で返す。「自分の実力を試したいだけだから」
「お異母姉様、出場前にもう棄権しちゃったらぁ~? お優しい聖女様に魔法戦なんて無理ですよぉ~」
「あら、心配してくれているの? ありがとう、やれるところまで頑張ってみるわ」
「本当に無理をしないでね、クロエ」
「クロエ様、こちらにいらっしゃいましたか!」
そのとき、ユリウスの張りのある声が控室に響き渡った。
三人とも自然と声の主に注目する。クロエは無表情で、スコットはあからさまに顔をしかめ、コートニーはぎらりと瞳を輝かせていた。
「恐れ多くも、私ジョン・スミス、クロエ様に激励の挨拶に馳せ参じました!」と、ユリウスは元気に言う。
「ありがとうございます、スミス男爵令息様。ご期待に応えられるように全力で頑張りますわ」と、クロエは微笑んだ。
「きゃぁ~っ! やっぱり、お二人はそういう関係なんですかぁ~!?」とコートニー。
ユリウスは素知らぬ顔で、
「クロエ様は私の尊敬する師ですので。弟子として、偉大なる聖女様の応援は当然のことです!」
「えぇ~?」
「コートニー嬢、二人には疚しいことなんてないもないよ。だってクロエには僕という正式な婚約者がいるからね」
スコットは公爵家の総力を上げて、この怪しい男爵令息について徹底的に調べ上げていた。
報告によると、彼は本当に田舎の貧しい男爵家の嫡男のようだ。侯爵家の令嬢を妻にできるような資産もないし、身分は言わずもがな。公爵家の自分の敵でないのだ。
男爵令息は領地の治療院の発展のために王都で勉強をしていて、そこでクロエと出会い、一方的に熱を上げているようだった。
彼女のほうは、異性としてこれっぽっちも相手にしていないようで、二人は完全にただの友人同士としての距離感を保っていた。
男爵令息は憧れの聖女様ともっと近付きたいようだが、クロエ淑女として節度ある対応を取っていたのだ。
スコットはようやく溜飲が下がった。あの礼儀もなっていない田舎貴族に完全勝利だ。
いや、始めから勝負にもなっていなかったのかもしれない。
クロエは、今でも婚約者である自分のことだけを想っている。二人の絆は決して壊れない。
それが分かっただけで、彼は満足だった。
――――、
「なんだ、その暗黒騎士みたいな衣装は」ユリウスは苦笑いをする。「魔王になって国を滅ぼすつもりか」
時間を静止させた彼は、呆れたように息を吐いた。
今日のクロエの衣装は、黒を基調にした騎士服で、銀の刺繍の装飾がところどころキラキラと輝いている。
アクセントに青色を取り入れていて、動く度にマントの裏側の深いタンザナイトの色が波打って、とても目立つ装いだった。
「これは葬送の服よ」
クロエはぶっきらぼうに答える。
母の弔い、罪人たちの地獄への葬送。そして、誰よりも輝いて、会場の中心にいる自分。
……そんな自己中心的な衣装だったのだ。
ユリウスは肩をすくめて、
「その姿も凛々しくて素敵だけど、君は暗闇よりも太陽の下のほうが似合っているよ」
「っ……!」
クロエの頬が赤く染まる。急激に羞恥心が襲った。
(なんで、そんなことを言うのよ……!)
頭の中のごちゃごちゃを振り払おうと、かぶりを振る。余計なことを考えては駄目だ。
家族と婚約者に報復を決意した黒い感情で、お日様の下でへらへらと笑って生きるなんて、なんておこがましいのだろう。
今ばかりは、いつも欲しい言葉をくれる彼が恨めしかった。
彼女の複雑な心中なんてお構いなしに、彼は呑気に話を続ける。
「帝国へ行ったらまずはドレスだな。真面目な君のことだから、どうせクローゼットの中身も刷新したのだろう? ――よし、俺がクロエに似合うデザインを見繕ってやろう。やはり君の瞳の色に合わせたグリーン系が似合うな」
「かっ、勝手に決めないで!」
「え? 俺の瞳の色のほうがいいって?」
「ばっ――」
クロエは顔を真っ赤にしてしばし固まってから、
「と、ところで、お願いしたことは、で、できているの!?」
話を逸らそうと、捲し立てるように言った。
ユリウスはニヤリと怪しいな笑みを浮かべて、
「もちろん。準備万端ですよ、クロエ様」
「ありがとう。では、打ち合わせ通りにお願いね」
「御意」
「……もう魔法を解いてもいいわ」
ユリウスは目を丸くして、
「なんで? まだ時間はあるからもう少し話そうじゃないか」
「これから試合があるの。遊んでいる場合じゃないのよ」
「リラックスしたほうがいいだろう?」
「駄目よ。試合に備えて精神を集中させなきゃ」
「えぇ~。こういうときは身体の力を抜いたほうがいいんだよ。もっと笑って」
ユリウスがクロエの緊張をほぐそうと彼女の手を取った折も折、
「君はなにをしているんだっ!!」
スコットの怒気の孕んだ大声が彼の耳を貫いた。
魔法の効果が届く時間は過ぎていた。
「え? ――あ、あぁ、これはクロエ様を激励しようと思った次第ですよ、公爵令息様!」
「彼女は僕の婚約者だと言っただろう!? そのような非常識で無礼で教養のない振る舞いは改めていただきたい! ――さぁ、観客席へ行くぞ」
スコットは有無を言わさずにユリウスの首根っこを掴んで、引きずるように連行する。
一旦、立ち止まって、
「クロエ、コートニー嬢も、頑張ってね」
いつもの柔和な笑顔を姉妹に向けた。
「はぁ~い! 絶対優勝してみせますから!」と、自信満々のコートニー。
「二人とも、わざわざ来てくれてありがとう」と、苦笑いのクロエ。
「では、クロエ様! 私は客席から応援していますので! ちゃっちゃと優勝しちゃってください!」
「君はもう彼女に喋りかけるな」
「少しくらいいいじゃないですか、公爵令息様!」
「黙ってくれないか」
ユリウスはおちゃらけていたものの、一抹の不安があった。
クロエは……破滅に向かって行っているような気がする。
嫌な予感が頭から離れない。なんだか、このまま彼女が消えてしまいそうな気がして、胸に不穏が渦巻いた。
だから影も付けたし、協力も喜んで買って出た。
彼女が誤って道を踏み外さないように。どうか幸せになりますように……。
こうして、波乱の魔法大会は始まった。
クロエの一回戦は現役の魔導騎士だ。
想定外の癒やしの聖女の登場に、観客たちはどよめいたのだった。
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