56 彼の正体を知ってしまいました!

「俺は君の復讐を手伝うことにした!」


「えぇっ!?」


 クロエは素っ頓狂な声を上げる。またもや予想外の言葉に、二の句が継げなかった。


「――と言っても、君がへまをやらかさないように、補佐役のようなものだと思ってくれ。君は意外と抜けているところがあるからな」


「ぬっ……抜けてなんていないわ!」彼女はむっと口を尖らす。「それに、手伝いなんて不要よ。私は一人でやるつもり。あなたには迷惑をかけられない」


「別に迷惑じゃないよ。俺はただの見物人みたいなものさ」


「見物人ですって?」


 クロエは怪訝そうな目でユリウスを見る。

 彼は愉快そうにニヤニヤと笑っていて、なにを企んでいるのかしらと気味が悪かった。


 彼女は威嚇するようにきっと彼を睨んで、


「あのねぇ、遊びじゃないのよ。楽しい芝居が見たいのなら、あちらの歌劇場にでも行ってちょうだい」


「遊びじゃないよ。俺は過去の自分に後悔しているんだ。だから今回こそは、行動を起こさないで後で嘆くような真似は絶対にしたくないんだ」


 彼は逆行前の己の行動を酷く後悔していた。あの時こうしていれば……と、何度も夢にまで出て来るくらいだった。

 悪夢は、もう見ない。今度こそ失敗しない。行動しないで後悔するなんて、愚の骨頂だ。



 彼は彼女の双眸をまっすぐに見つめて、


「今回はもう遠慮しないって決めたから。君にとことん付き合うよ」


「べっ……」


 クロエの顔が上気する。本当は嬉しいのに、なんだか素直になれない。

 それに、これから自身が行うことは、胸を張って言えるような行為ではない。悪事のようなそれに彼を巻き込むなんて、なんだか引け目も感じている。


「……別に、助けなんて要らないわ」


「一人より二人のほうが効率がいいだろう?」


「でも――」


「じゃ、もう決めたんで!」彼はポンと軽く彼女の肩を叩いた。「今回は君がなにかやらかさないように、側でずっと見ているからな!」


「みっ……!」


 思わず息を呑む。心臓がどきりと跳ねた。


 ――ずっと見ている。


 逆行前の影響で「見られる」という行為にどうも弱い。見られると、ぞくぞくと胸がざわつくのだ。それは自分の存在が証明されている気がするから。

 人から見られて注目されて存在を認識されるって、なんて素晴らしいことだろう。

 ましてや、大切な友人である彼からだなんて……。


「っっ……!」


 喜びでみるみる胸がいっぱいになって、身体がぽっと火照った。


(駄目……私は愛とか恋だとか考えたらいけないのに……)


 クロエの無言を、ユリウスは承諾と受け取って話を進める。


「君のことは、いつも見ているからな。心配だから影も付けることにした。それも三人だ。そろそろこっちに到着する頃だろう」


「か、影ぇっ!?」


 聞き慣れない単語に覚えず声が裏返る。驚いて目を白黒させた。


(か、影って……たしか王族が持つ諜報機関なのよ、ね…………?)


 クロエは改めてユリウスを見る。

 整った顔、いつも背筋を伸ばして美しい姿勢、隙なく手入れされている身なり……おそらく、名のある貴族の令息だとは予想していたが……影…………?


「ユリウス……あなたは、一体……?」


 少しの沈黙。

 風が二人の間を擦り抜けたあと、彼はゆっくりと口を開く。


「……クロエ、よくも俺の求婚を断ってくれたな」


 そして、ニヤリとからかうように笑った。


「きゅっ……」


 真っ白になりそうな頭を、ありったけの力で回転させる。

 スコットという婚約者がいるにも関わらず、聖女になってから求婚が絶えなかった。

 基本的には父に全てを断ってもらっていて、どこの誰が求婚したなんて知らないが……最近、父が舞い上がって、なおかつ「影」が持てるような人物は――……、



「ロっ……」


 一瞬、心臓が止まった気がした。ぞくぞくと全身が粟立つのを感じる。


 一拍して、おそるおそる高貴なその名を口にした。


「ローレンス・ユリウス・キンバリー第三皇子殿下……?」


 ユリウスはしたり顔をして、


「じゃあ、正体も知られたことだし、改めて俺の求婚を承諾してもらおうか」


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