52 不思議な再会でした!

 クロエは、かつてないほどに緊張していた。

 まるで真冬の池に落とされたかのように身体中がカチコチになって、指先の震えが止まらなかった。


 今、彼女は王立図書館の入口に立っている。


 彼女は、先日のお茶会でユリウスに似た人物の姿を見た。

 彼がもう王都へ来ているのではないかと、今日は図書館に確かめに来たのだ。


 ただ懐かしい友人に会うだけなのに、なぜ、こんなにも気が動転しているのだろう。

 クロエの心臓はずっと強く打っていて、もう半刻くらいは入口の前で逡巡していた。


 彼になんて声をかければ良いだろうか。いや、今日は遠くから見るだけにしておこうか。でも、彼と話したい。だけど、突然話しかけたら変な令嬢だと思われるだろうか……。


 そんな思いが頭の中をぐるぐる巡って、しばらく考え込んでいたが、ずっとこうしてはいられないと、意を決して図書館の中に足を踏み入れる。



(ここは変わらないわね)


 図書館の中は厳かで、静寂を保っていた。時おりパラパラとページをめくる音だけが聞こえるだけで、人々は熱心に書物と対話をしている。


(懐かしい……)


 ぐるりと、部屋全体を見回す。もう、どこになんの本があるか、すっかり覚えてしまった。


 あの頃は、柱の陰になっている奥のほうの席にいつも座っていた。あのガリガリに痩せ細った貧相な身体を見られるのが恥ずかしかったから。隠れるように読書をしていたっけ。


 その席からかろうじて見えるユリウスは、いつも姿勢が正しくて堂々としていて、真剣に学問に取り組む様子は、思わず見惚れてしまうものがあった。


 そう、彼はいつも中央の席に――……、



(いた…………!!)


 はっと息が止まる。矢庭に顔が火照って、無性に恥ずかしさを覚えた。


 ユリウスは、そこにいた。

 あの頃と変わらない、流れ星のような繊細な銀髪をなびかせて、夜空を薄めたようなタンザナイトの双眸をじっと文章に注いで、銅像みたいな美しい姿勢を保っていた。


 思わず、息が止まる。


 彼女の瞳には彼だけが焼き付いていた。涙が出そうになったが、人前なのでぐっと堪える。

 内側から叩き付けるように強く打つ心臓を押さえながら、再び彼をそっと盗み見た。


(あら……?)


 そのとき、彼女は気付く。今、彼が読んでいる本は、あのとき自分が読んでいた――……、


「面白い本を読んでいるわね」無意識に、彼に声をかけた。「私も好きなの。その物語」




 ユリウスは顔を上げて、目をしばたく。

 そして、頭上から自身を見つめている令嬢をじっと見つめ返した。


 乾いた無言の時間がクロエを襲う。そのときになって、やっと気付いた。


(わ、私は……なんて馬鹿な真似を……!)


 興奮でほんのりと上気していた顔は、今は真っ青だ。やってしまった……と後悔が押し寄せて来る。



 逆行前は、ユリウスのほうから声をかけてきた。


 でも、それは初対面ではなくて、二人とも足繁く図書館に通って、互いのことを意識していたという積み重ねがある。たとえ言葉を交わさなくても、書物を通して心が繋がっている感覚があったから。


 しかし……今の自分と彼は初対面。

 それなのに、どこの馬の骨かも分からない女が、突然馴れ馴れしく話しかけてきたら……それは、恐怖でしかないだろう。



「ごっ……」クロエは上擦った声を出す。「ごめ、ごめんなさい……私、その…………」


 たちまちパニックになって、全身が強張って、パクパクと口だけを動かした。


(ど、どうしましょう……! 令嬢として、なんてはしたないことを……)




 ユリウスはそんな彼女の様子をしばらくのあいだ見つめていたが、


「落ち着け、クロエ」


 ぷっと吹き出したかと思ったら、ケラケラと笑い出した。

 ぽかんと口を開けて、間抜けな表情で彼を見るクロエ。訳が分からずに、頭が真っ白になった。


 彼はしばらく笑ったあと、


「じゃ、行こうか? スコーン、買ってあるんだ」


 おもむろに立ち上がり、クロエの手を取った。


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