最終話 ボクと沙耶香ちゃん

「ボクが、今でも沙耶香ちゃんを好きって言ったら……どう思う?」


 その問いに、沙耶香ちゃんが固まる。


「女同士って浮気に入る? 不倫になる? 法的にアウトになるのかなぁ? つまりコレは、そういうデートだ」


「えっ。ちょっと待って、レイちゃん……」


「つまりは、『好き』♪」


 十年分おかえし、とばかりに、不敵に微笑んでポテトを口に突っ込ませる。

 沙耶香ちゃんはもぐもぐと、頬を染めたままソレを咀嚼するしかなかった。


 ああ、勇気をだして告白してよかったなぁ。


 きみに、そんな顔をさせられたんだもの。


 それ以降、沙耶香ちゃんは完全にボクを意識して、お昼のパレードなんて頭に入って来ないみたいだった。

 さっきまで何の気兼ねなく繋いでいた手もどこか遠慮がちで、かといって急に避けだすのもおかしな話で。沙耶香ちゃんの右手は、僕の左の指先をちょこんと摘まむ程度になっている。その中途半端が、愛らしい。


 そう思える程度には、ボクはすっきりとした気分だった。


「ママぁ、元気ないの?」


 二歳の息子が問いかける。

 ちがうよ。ママはね、『レイちゃん』の言葉が頭の中をぐるぐるしてて、ちょっと混乱しちゃっているだけなんだ。


 ボクは沙耶香ちゃんを気遣うように、息子くんの小さな手を取ってイッツアスモールワールドに向かった。


「沙耶香ちゃんはここにいて。飲み物でも飲んで、ちょっと落ち着きなよ」


 何を? どう落ち着くけばいいの?


 沙耶香ちゃんが大きな瞳で問いかける。

 その胸のモヤモヤが、ボクをどうしようもなく高揚させて、ほんとうに夢の国に来たみたいだ。


 ひとりになって冷静になれば、考え事が進むでしょう?

 さぁ。たっぷりと、ボクのことを考えてくれよ。


「蒼汰くん、いこ!」


「うん! おねぇたん、大好き!」


 元来子どもは、本能的なものなのか、母親と年の近い、もしくは若い女性に懐く。

 息子の尋常じゃない懐きっぷりも、そのモヤモヤに拍車をかけているらしい。

 決して息子を取られちゃた嫉妬とかではなく、その笑顔が、『ある未来の可能性』を肯定するから。


 ボクは、沙耶香ちゃんが十年ぶりに実家に帰ってきた理由になんとなく想像がついていた。いや、誰だって邪推するだろう。


 旦那と、うまくいってないのかなぁって……


  ◇


 夜になり、煌びやかなパレードを見終える頃には、息子くんはベビーカーでぐっすりだった。

 そりゃあそうだよ、昼間あんなにはしゃぎ倒して、ボクだって慣れない子どもの相手を頑張ったんだもん。

 このあとの、沙耶香ちゃんとの時間を確保するために。


「ねぇ、沙耶香ちゃんはさ、しばらく地元こっちにいるんでしょう?」


「え? あ、うん……」


「じゃあ、明日も明後日も、特に予定はないんだよね? 蒼汰くんの面倒をみる以外は」


「一応、そうだけど……」


 きょとんと首を傾げる彼女に、「じゃあ、また遊ぼうよ!」とは言ってあげない。

 十年間煮詰まってしまったボクの心は、もうそういう段階じゃあないんだよ。


 ボクは、パレードの光を反射する瞳に向かって、囁いた。


「泊まっていこうよ」


「え?」


「今日、泊まっていこう? ボク、明日は有給なんだ。今日は一日遊び倒して疲れたし、もう帰るのも面倒くさい。さっき近くのホテルを予約したから、一緒に泊まろう?」


「……!」


 以前までの沙耶香ちゃんなら、ふたつ返事で「レイちゃん気がきく!ありがとう!」だったよね?


 内心でにまにましながら返事を待つ。

 パレードが横を通り過ぎる度に、ボクの心臓はリズムに合わせ、早鐘のように揺れた。


 ……わかってる。この返答に、すべてがかかっていることくらい。

 わかっているんだよ。


 だってもう、ボクらは、あの頃みたいな子どもじゃあない。


 でも、ボクの『青春』――沙耶香ちゃんは、優しいところは、十年前と変わらなかったんだ。


「……いいよ」


 ぽつりと、俯きながら頬を染める。


 それが、ボクに対する好意なのか、憐憫なのかはわからない。

 だが、沙耶香ちゃんは、ボクを否定しない程度には優しかった。


  ◇


 ホテルに着いて、扉を閉めた瞬間にキスをすると、なし崩し的にそういう雰囲気になることも知っている。


 沙耶香ちゃんはボクを拒まず、全てを受け入れてくれた。


 息子ちゃんをベッドに寝かせて、「シャワー、浴びるよね……?」と問いかける。


「一緒に入る? 昔、合宿でしたみたいにさ」


 冗談まじりに返すと、沙耶香ちゃんは「も~う!」と言って半ば呆れながらお風呂を沸かしてくれた。サービスで置いてあった泡立つバスソルトを入れて、ふたりで仲良く昔話に花を咲かせる。


 女同士だからだろうか、ふとした瞬間に『友達』に戻るこの感じが、なぜだかとても心地よかった。


(ああ。夢みたい……)


 それからボクらはベッドで愛し合って、朝を迎えたんだ。


 たとえ一晩だけでもいい。


 ボクの十年分の『恋』が、成就したと思える瞬間だった。


 ◇


 それから、数年後――


 あとになって聞いたのだけれど、あの夜のできごとは、沙耶香ちゃん的には「女友達とだからセーフ」ってことらしい。

 浮気でもない、不倫でもない。ちょっとイチャついただけだよ? って……

 なんという、自分に甘いジャッジだろう。


 でも、旦那には当然秘密にしていたと。


「ねぇ、沙耶香ちゃん。今日の午後いちで来る、患者さんなんだけど……」


「ああ、清水さん? 待っててね。えっと、カルテは……経過観察。いつものやつだね。あと三十分で来るみたいだけど、レイちゃんお昼食べたの?」


「いや、まだ……」


「なにそれ~! 午後の診療始まったら食べる時間ないんだから、今のうちに食べちゃいなよぉ」


 そう言って、沙耶香ちゃんは自分の手さげからコンビニの菓子パンを取り出した。


「『ざくざくチョコチップメロンパン』。レイちゃん、十年前から大好きでしょ? あげる」


「ふふ! ソレ好きなのは沙耶香ちゃんじゃない?」


「え~。ふたりして毎日のように購買で買ってたじゃん! この裏切りもの~!」


「ははは、冗談。ボクも大好きだよ、『ざくざくチョコチップメロンパン』」


 ありがたくソレを受け取って、ボクは帰りの支度をする沙耶香ちゃんを見送った。

 沙耶香ちゃんは時短勤務だから、このあとは息子くんを幼稚園に迎えに行って……


 ボクの家に、帰ってくる。


 お昼休みがニ十分もなくて、ご飯はコンビニの菓子パンだけど……

 ボクは、幸せだ。


(好きな人と一緒にいるって、こういうことか……)


 ボクは、ずっと知らないままだった『恋』を、ようやく知ることができた。

 十年ぶりに再会したボクの『青春』が、そう教えてくれたから……

 何も、遅すぎることなんてないんだ。


「ああ。あの日、勇気をだしてよかったな……」


 ボクはそう呟いて、再び白衣を羽織り直した。



(END)





※あとがき。

 半端にしていた短編をようやく仕上げることができました。

 短編はあまり書いたことがないのですが、思うままに書いた作品です。

 短編って、こんな感じでよかったんでしょうか……?


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十年ぶりに好きだった子とデートしたら、知らない間に結婚してて子どもまでいた件 南川 佐久 @saku-higashinimori

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