窓からタヌキの夢を見る

杜村

第1話 タブレットを買う

 日々寒さが増してきたせいで、タブレットが欲しくなった。

 もちろんタブレット菓子ではなく、古代の石板でもなく、タブレット端末のことだ。

 暖房ではないのだから寒さとは関係ない? いや、ますます動くのが億劫になったので、布団の中で仲良くできそうなものが欲しいのだ。

 だが、先立つものが無い。

 

 といったことを、田中三郎にぐちぐち言ったら、中古品を勧められた。

 ちなみに、田中三郎は一人っ子。高校時代からの連れで、自宅から私立の医科大学に通っている男だ。

 背は高くないがほっそりとしてサラサラの髪、人懐っこい笑顔で誰にでも話しかける彼には知人(浅く広い付き合いだから、友人ではなくて知人だとは本人の弁)が多い。それなのに俺みたいなのに絡んでくれるのは何故か、不思議に思いながらも助かっている。


 ところでタブレット端末だが、大きさにはこだわりたい。漫画と動画を見る用だから、高性能は求めない。そんな俺の希望を踏まえて、店に同行してくれた田中は1種類を選び出した。

 10.1インチのエントリーモデルでメモリ2GB、ストレージ32GB。スマートフォンのアカウントと連携できて、俺好みのアプリのアップデートにも問題ないだろうという。

「いいじゃん、いいじゃん。この3台から選べるのか」

 喜んでいると、田中は渋い顔で俺を見た。

「この二択だろ」

 店員が並べてくれた3台のうち、2台が15000円で1台が8000円。俺としては8000円一択なのだが、田中は同じ値段の2台しか見ていなかった。白とピンクだ。

「中身は一緒だろ。だったら安い方がいいんだけど。色もシルバーだし」

「ほらここ、表にちょっと傷がある。だから安いんだ。うっかり落としたら、割れやすくなってるってことだよ。今のところは大丈夫でも、画面がちらつくかもしれないぞ。それと裏のここ、シールを貼ってたんだろうな」

「それだけ? だったらいいよ、安いので。持ち運ぶつもりもないし、裏側の汚れなんて見えないし」

「そりゃまあ、三木が買うんだからいいけどさ」

「気にしてくれて、ありがとう」


 俺は良い買い物ができて、帰り道でもほくほくしていた。いつもなら飯を一緒にというところだが、さすが田中三郎。早く帰って触りたいという気持ちを察してだろう、「今夜は家で飯を食うと伝えてある」と帰っていった。

 借りを返す機会が早めに訪れることを祈りつつ、俺は急足で一人暮らしの部屋に戻った。

 帰宅したらまずシャワーを浴びる習慣だけは守ったが、夕飯の支度は後回しだ。折り畳みテーブルの上にタブレットを置いてから正座した。


 たとえ中古品でも、初めて起動するのはワクワクするものだ。ノートPCは持っているけれど、タブレットは初めて買ったことでもあるし。アカウント登録をするために、筆記具の用意も怠りない。充電は不十分だろうから、手持ちのケーブルを繋いでから電源を入れた。

 起動音がして画面が明るくなり、メーカーのロゴの登場だ。次はOSのロゴだろうと思ったら、急に画面が暗くなった。

 おいおい、動作は確認済みだろう、早速故障か?と慌てていたら、真っ直ぐな黒髪の女性が、するり、と言うよりぬるりと出てきた。

 出てきた?

 出てきたのだ。わずか10.1インチのタブレットの画面から、泡タイプのソープのように出てきたのだ。

 いや、膨らみ方は泡ソープだが、動き的にはウナギのつかみ取り……。

 何を考えているんだ、俺。

 やや俯いた格好で、胸元にかかるくらいの髪を揺らして、若い女性が出てきたのだ。着ているのは、袖無しで装飾はないが、やたら高級そうな光沢のある銀色のワンピースだ。テーブルの向こう側に座ってから顔を上げた彼女の、パッツンと切り揃えられた前髪の下、切長の瞳がこちらに向いた。

 

「わあっ! わあ、わあ、わ、わ、わぁ……さぶそ」

 思わず叫んだ後も口を閉じることができず、とはいえ吸い取られるように力が抜けていき、最後は蚊の鳴くような声で言葉がこぼれた。

「第一声がそれなん?」

 盛大にぶっと吹き出してから、顔中大笑いで彼女は言った。

「でもまあ、心配してくれたんやろね」

 それから、タブレットの画面に右手を突っ込んだ。

 ずぶりと!ぬるりと?突っ込んだ!

 液体とかゲルとかに突っ込むような抵抗の無さだったので、ただポカンと見ていたのだが、布を取り出した瞬間には「えっ」と声が出てしまった。

 彼女はワンピースと同じ布地の、着丈の短い長袖上着を引っ張り出して羽織ったのだった。襟元が大きなフリルになっていて、花が咲いたように見える。それって結婚式とかに着ていくようなデザインじゃないだろうか。

「これでええやろ」

 彼女はドヤ顔で胸元に手をやった。

「た、タブレットの精?!」

「え? んーと。た、ぶ、れ、つ、と、の、せ、い」

 グ、リ、コ。チ、ヨ、コ、レ、エ、ト。あの幼い日の遊びのように一音一音発音して、彼女は「あー!」と顔を輝かせた。

 「精霊の精か! 神は細部に宿るってやつかぁ! けど残念でした。元人間、たぶん」

 ぱちぱちと両手を打ち鳴らして大いに楽しんでいるようだが、そんなにウケられても納得いかない。俺はきっと、むすっとした顔をしていただろう。

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