第19話 決闘

 秋風が立つ頃、裁判所から決闘婚の法的手続き完了の通知が両家に届いた。

 これにより決闘の日時と場所が決まり、運命に決着をつける為の舞台が整う。


「さてと、いよいよだね」


 魔人災害の被災地で復興作業にあたっていたソレイユは、同じく浄化作業をしていたルーナにそう呼び掛けて気を引き締めた。


「はい、何だか緊張してきました」


 少し頬を紅潮させたルーナにオリガは真顔で頷くと、「初めてのご結婚ともなれば、緊張して当たり前かと」と、何だか一人だけズレた発言を二人にする。


「はい?」


「何言ってるのオリガ……」


 もちろんオリガは故意にズレた事を言ったのであり、彼女なりの意図がそこにはある。


「お二人とも決闘の事ばかりお考えの様で、これが決闘『婚!』である事をお忘れのご様子。なので思い出させて差し上げたのですわ」


「ちょ? 言われなくとも忘れてなんかいないよッ!」


 ソレイユはオリガへ、余計なお世話だとばかりに抗議をしたのであったが。


「そ、そうでした。私、すっかり結婚の事を忘れていました……」と、ルーナは冷や汗をかいている。


 そんなルーナにやはりそうかと溜め息をついたオリガの横で、ショボーンという心の声が聞こえてきそうな顔をして肩を落としたソレイユがいた。

 とにもかくにも決闘婚への舞台は整ったのだ。こうして三人は決闘を行う王都の闘技場へと出立した。



 指定された王都の闘技場では、宰相や王国軍総司令官といった重鎮はもちろんのこと、互いの派閥の貴族たちが決闘婚の行方を見届けようと集まっている。

 それ以外にも大勢の貴族たちが観戦しているのを見ると、それだけ決闘婚への関心が高い事がうかがわれた。加えてソレイユという英雄人気もあったのだろう。

 

 まるで祭りの様な雰囲気の闘技場ではあったが、そこは裁判所の役目を担う神聖な場所だ。裁判官は観衆たちに決闘の妨害を禁じ、善き立会人である事を求めた。


 闘技場の中央では胸当てと籠手、脛当だけという軽装鎧のソレイユと、甲冑姿のダミアンが各々それぞれの介添人と共に決闘の開始を待っていた。

 もちろんソレイユの介添人はオリガとルーナだ。


「よし、作戦の最終段階だ。必ず勝利で終わらせよう!」


 ソレイユはそう気合を入れると、緊張しているルーナに笑顔を向ける。

 しかしながらルーナの緊張がその笑顔ひとつで解ける気配はない。それも当然だろう、自分たちの運命がかかった戦いがこれから始まろうとしているのだから。


 しかも闘技場という血腥い場所にいて、大勢の貴族たちの視線を浴びているのである。普通の娘が耐えられる状況ではない。

 だがルーナは唇を真一文字にと引き結ぶと、ソレイユの気合いに呼応するかの様に力強い声で返事をする。


「は、はい! 目一杯応援しますねっ」


 明らかに無理をしているルーナを見て、ソレイユはその心配を言葉にしようとした。

 けれど寸でのところで飲み込んだのは、いま戦いの仲間として言うべき言葉はそれとは違うと思ったからだ。


 ゆえに仲間に相応しい言葉を選ぶ。


「うん、まかせたよルーナ」


 瞳と瞳を強く交差させた二人は、やがて静かに微笑み合うのだった。


 ところでオリガはさっきからダミアンとその介添人たちを凝視し続けている。

 彼女の目には明らかな不審の色が浮かんでおり、しきりに首を傾げていた。


(何か変だわ……)


 密偵だった時の直感がそう告げているのだろうか、妙な違和感がそこにあるのだ。


「何か問題でもあった?」


「いえ、問題と言うか……敵の介添人に魔法技師が多いなと思いまして」


 ソレイユの投げた質問にオリガは歯切れ悪くそう答えたのは、自分の中の違和感を言葉にして説明する事が出来ないからだ。


「確かにな。魔道武具の調整にしては大袈裟な人数だよね」


 でもどうやらその違和感はソレイユも感じていたらしい。


「人数もそうですけど、技師たちの気配がどうも異質というか……」


「ふむ」と唸って顎を指で摘まんだソレイユは、オリガと同じ様にして彼らを凝視した。

 しかしその場所からでは彼らが何をしているのかまでははっきりとは分からない。分かるのは予想通りにダミアンが、魔道武具を使う事が確がであるというくらいだ。


「いずれにしろ用心して下さい」


 オリガの忠告に無言で頷いてみせたソレイユは、不安そうに二人のやり取りを見ていたルーナに、「心配ない、想定内だよ」と親指を立てて見せる。


 程なくしてやって来た廷吏が介添人の退場を促し、間もなく開廷である事を知らせた。


「なあ、オリガ。万が一の時は頼んだよ」


「はい、おまかせ下さい」


 それだけ言うとオリガは「御武運を」と告げ、ルーナを残して先に観客席へと歩き出す。

 ソレイユとルーナを二人だけにしてあげたいとの配慮だろう。


「あの、オジサマ……」


「ん? なんだい?」


「えっと、私の為に色々とありがとうございます」


 ルーナは思いのたけを込め、熱い視線でソレイユを見つめながら頭を下げた。

 するとソレイユは「それは違うよ」と爽やかに白い歯を見せる。


「全部、俺たちの為にだろ?」


 少しはにかんでコクりと頷いたルーナは、「はい!」と元気に輝く笑顔を返したのであった。



 開廷の時間となり決闘人双方の前へと来た裁判官は、おごそかな口調でソレイユとダミアン双方に宣誓を行う様にと命じた。


 原告のソレイユはダミアンのルーナに対する残酷な所業をとがめ、貴婦人への愛をたっとぶ騎士として看過出来ない非道だと訴える。そして今やルーナの愛は我が元にあり、その愛に相応しい者が自分である事を決闘にて証明すると宣誓した。


 方や被告のダミアンは、ソレイユを婚約者を略奪する恥知らずだと決め付けた。騎士の名誉に掛けて略奪を阻止すると訴え、またルーナへの愛は反省と共に回復されている事を決闘にて証明すると宣誓した。


「ではこれより決闘を開始する」


 そう宣告した裁判官は、決闘人双方の手首に腕輪を嵌める。それは魔素を体内に取り込ませない為の魔法封じの腕輪であった。


「古き慣習に則り魔法の使用は認められないと心得よ」


 案の定、裁判官からは魔道武具で武装したダミアンへの苦情はない。

 ソレイユは間近でその武装を見て、なかなかの一級品揃いであると感心する。


(短槍からは炎系の魔法、盾は物理攻撃に特化した結界魔法か。いや結界以外にも何か仕掛けがありそうだな。鎧に施したのは全身魔法防御の結界かな? まあこれは気にする事はないか──)


 ダミアンにしてみれば、ソレイユもまた魔道武具を使うと読んで警戒した上での魔法防御結界だったのだろう。しかしもとより魔道武具を使うつもりはソレイユには無い。


「では、決闘を始めよ!」


 裁判官の合図と共にソレイユが剣を抜いた。盾は持たずに両手剣のロングソードを片手でくるくると縦に回しながら、無造作にダミアンへと近づいていく姿はあまりにも無用心にも見える。

 しかし決して相手を侮っての事ではない。良く言えば野性味のある、悪く言えば下品なこの戦いのスタイルがソレイユの特徴なのだ。


「どうしたダミアン、遠慮はいらんぞ。魔道武具を使ってこいよ」


「ふん、遠慮などするかッ!」


 そう吠えたダミアンは短槍から炎魔法を連射させた。しかしその連続攻撃は悉くことごとソレイユにかわされてしまう。

 すると闘技場からは思わずどよめきが沸き起こった。


「オジサマって、すごいんですね……」


 武人としてのソレイユを初めて見るルーナにとって、恐ろしい炎を軽々と躱すその姿は現実の様には思えない。


「魔法攻撃は魔法で防御するのが常識なんですけどね。あんな変態な真似が出来るのはソレイユ様くらいですよ」


 オリガは半分は呆れ、半分は誇らしそうにしながらソレイユの戦いを注視している。


 魔法攻撃が当たらずに次第に焦ってきたダミアンは、自棄やけになって短槍を振り回し炎魔法を連射した。


「おいおい、そんなに無駄撃ちすると弾切れになっちまうぞ?」


 実はソレイユの狙いはそこにある。魔道武具の魔力は込められた分だけの有限だ。魔力が尽きればただの武具でしかない。


「クソがッ! てめえはそんなに馬糞の匂いのする農夫の娘なんかが欲しいのかよッ!」


 口汚く罵るダミアンの挑発にソレイユは乗ったりはしない。だがムッとはした。

 それゆえ地べたへ転がしてやろうと、大上段から剣を振り下ろす。


「お前の様な下衆に、ルーナの美しさは分からんさッ!」


 果たしてダミアンの盾からの防御結界はソレイユの一撃を受け止める。しかしその衝撃は凄まじく、ダミアンは尻から地面へと叩きつけられた。

 尻もちをつき肩で息をするダミアンだが、それでも悪態をつくのを止めようとはしなかった。立ち上がりながらもソレイユを嘲弄し執拗に挑発する。


「美しいだと? 笑わせるなよ。あの程度の農夫の娘なら俺の領地にはいくらでも転がっているわ。ここに来る前にも一人の娘で楽しんできたぜ、泣いて悦んでたっけな!」


 胸糞が悪くなる笑い声を上げたダミアンは、「次はルーナの番だ」と言って舌舐りをした。

 正直言ってこのダミアンの態度は異常である。並みの実力とは言えまがりなりにも彼は魔法騎士なのだ。戦い方くらいは知っていよう。


 それなのに戦いよりも口汚い言葉をソレイユに浴びせる事ばかりに集中している様に見えるのはどういう訳か。

 それがダミアンの人格の異常からくるものなのかは分からないが、意図されたものだとしたら効果があったと言えるだろう。


 このあからさまな挑発にソレイユは、知らず知らずに苛つきを覚え始めていたのであるから。

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