第3話 戦友

「何っ? ソレイユ卿が来ただと!?」


「はい、玄関に馬車をまわして、訪問の許可をお待ちになっておられます」


 家令からの知らせを受けたブロッド卿は、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをした。


「あの田舎貴族め……ルーナとの面会は断ったというのに、どういうつもりだッ! だいたい何故あいつがルーナとの面会を求めるのか、その目的もわからん」


 ブロッド卿の剣幕に気圧けおされながらも、家令は自分の職責を果たそうと報告を続ける。


「それがこの度のご訪問の目的は、閣下へのご挨拶とのことでした」


 軍務の帰りにブロッド侯爵領を通過する事となったソレイユは、このまま素通りしてはブロッド卿へ不敬であると考えた。されば事前の連絡なしでの訪問は遺憾であるが、何卒一言ご挨拶させて欲しいと──家令は副官のオリガからの口上をそのままブロッド卿へと伝えたのだった。

 もちろんその口上は、ソレイユの考えたでまかせである。


 しかし格式を重んじる上級貴族としては、断れる話ではない。ブロッド卿は渋い顔をしてソレイユを客間へ通すようにと家令に言い渡した。


「お待たせしましたな」


 ソレイユとオリガを一時間ほど待たせたブロッド卿が、不機嫌な態度を露骨に見せながら部屋へと入っくる。


「これはブロッド卿、ご無沙汰しております。ご壮健そうで何より」


 ソレイユは待たされた事など気にもしてないという風に、愛想良く返事をした。

 そしてオリガを紹介した後、一通り格式に則った挨拶をしたソレイユは、何食わぬ顔でルーナの病状についてブロッド卿に訊ねたのであった。


 当然この話になる事を予想していたブロッド卿は、顔色ひとつ変えずに嘘をつく。


「少し風邪をこじらせましてな、だが問題ありません」


「そうですか、面会出来ないと知った時は大病なのかと心配しましたが」


「なに、大事をとったまでです。せがれのダミアンとも仲良く暮らしておりますよ」


「ほう、仲がよろしいとは実に結構。ルーナ嬢のご健康快復のあかつきには、是非ともお二方ふたかたにお会いしてご婚約のお祝いを述べさせて頂きたい」


「申し伝えておきましょう……」


 こうして話をしている間もソレイユは注意深くブロッド卿の表情や態度に気を配り、その内心を探っていた。

 おそらく見舞いを申し出てもブロッド卿は固辞するだろう。それはルーナが風邪などではなく、何か会わせたくない理由があるからに他ならないとソレイユの直感が告げている。ならば……


「ところで私は、ダミアン殿ともお目にかかりたいと思っておりました。ご子息のお歳が十八になると聞き、ぜひ我が北方軍への参加をお願いしたく──」


 しかしブロッド卿はソレイユの言葉に対し、今ダミアンは不在だとにべもなく遮る。

 あの馬鹿息子に会えば色々とボロを出すかと思って誘導してみたソレイユであったが、父親自身も自分の息子を信用していないのだろう、どうやら会わせたくはないらしい。


「そう言えば、先日も国王陛下が貴殿の領地の事を心配しておいででしたぞ」


 しれっと話題を変えてきたブロッド卿に心の中で悪態をついたソレイユだが、むろん顔には出さない。


「それはおそれ多いことです」


此度こたびの魔人の発生地点はソレイユ卿の領地からでしたからな、被災規模も領内全土と聞き及んでおります。して災害復興は捗ってはおりましょうか?」


「左様、あまり捗ってはおりません。魔人が撒き散らした瘴気による汚染が、殊のほかに深刻でしてな」


 ブロッド卿の質問に答えながらもソレイユは、もう潮時かなと思った。

 それゆえ軽い話題へと変えていとまを告げるつもりであったのだが──


「それは気の毒なことだ。気の毒と言えば貴殿のお父上の遺骸は発見できましたかな? 噂では単身で魔人に挑んだとか、剛毅なお人よのう」 


「いや、まだ……」


 露骨に揶揄を含んだその一言にソレイユは苛立ちを覚え、思わずブロッド卿へ鋭い視線を向けてしまう。

 それはソレイユの父の死を、心ない貴族たちが年寄りの冷や水だとあざけっているのを知っていたからだ。


 当時ソレイユの父はすでに爵位を譲り、軍からも引退した隠居の身であった。ところが魔人発生のその日に忽然と姿を消してしまったのである。

 この不可解な出来事に対し貴族社会では、剛毅な性格の人ゆえ魔人に挑んで戦死したのだろうと結論づけた。


 しかしソレイユにとっては、その結論は到底納得出来るものではない。父は確かに剛毅な人ではあったが無謀な人では決してないからだ。

 それともう一つ、ソレイユの父が姿を消した翌日に、自分に宛てられた置手紙が残されていた事──


『アラン、すまぬ』


 アランとはソレイユの名前である。その短い文面で父は何を謝ったのか、未だ分からないままにそこ疑問が放置されていた。


「ソレイユ様、そろそろ……」


 オリガはソレイユが感情的になりかけている事を敏感に察し、暇を促す。それで我に返ったソレイユは平静を装い直し、ブロッド侯爵家を辞去した。

 心の中で優秀な副官に感謝をしながら。



「チッ、なんだあいつらは」


 ダミアンは玄関に停めてあった馬車に乗り込むソレイユたちを、屋敷の窓から忌々しそうに覗いていた。


「おい、お前はこの屋敷には居ない事になっておる、窓から離れておけ」


 後ろからそう話し掛けてきた父親に振り向いたダミアンは、「一体何の用だったのですか?」と不機嫌そうに訊く。


「さあな……政治に関与せぬソレイユがルーナの病を不祥事と捉え、我らの政治的失脚を狙うとも思えぬが。ともあれ暫くルーナの事は自重して用心しろ、いいな」


 そう釘を刺されたダミアンは無言で頷いて見せたが、その目に宿すルーナへの憎しみを隠そうとはしなかった。

 


 馬車が街道を走り出すと直ぐに、ソレイユはオリガへ「気づいたか?」と確認する。


「はい、窓からダミアンが我々を見ておりました」


「うん、やはりブロッドの奴は何か隠しているな。ルーナ嬢の病は思いのほかに重篤なのかもしれない」


 オリガはそれには応えずに厳しく眉を寄せ、ダミアンにまつわる女性関係の悪評を思いだしながらポツリと言った。


「虐待、という事もありえるかと」


 その返事の代わりに深く溜め息をついたソレイユは、真剣な視線をオリガに向けながら決断する。


「すまぬがこのままブロッドの屋敷へと戻り、詳しい内情を探ってもらえるか? 単独での行動となり大変だとは思うが──」


「あら、私が密偵あがりの騎士である事をお忘れで?」


 ソレイユは「そうだったな」と微かに口角を上げると、オリガに頼むと頭を下げた。


「その間に、俺は俺で外堀を埋めていく事とするよ」


 ルーナの父である勇者と魔人との熾烈な戦いは二ヶ月にも及んだが、決して勇者単独で戦っていた訳でなはい。

 むろん圧倒的戦力であった事に違いはないが、必ず王国軍と共闘し死力を尽くし合ってきた結果の勝利だったのである。


 勇者も王国軍の軍人たちも、お互いを戦友として認めあい敬意をもって戦ったのだ。中でもソレイユは常に勇者のそばで戦っていた為に、二人はとても仲が良かった。

 ソレイユは戦闘の幕間にて、勇者が一人娘の話をよくしていた事を思い出す。


『ソレイユさん、僕はね、娘のルーナにはいつも笑顔でいて欲しいんです。だから早くこの魔人との戦いを終わらせて、あの娘の父親に戻り笑顔を取り戻したい』


 勇者はいつだって娘の身を案じていた。その時の彼はただの子煩悩な父親に見えて微笑ましく、いつかルーナという名のその娘に会いたいなと、ソレイユは思ったものだ。


(勇者殿、貴方の娘は必ず俺が守ってみせますよ──)


 そう思うのはソレイユだけでは無いだろう。戦友同士の絆は強い、ゆえに外堀を埋める為にソレイユが放った一の矢は狙い通りの効果を得る事となる。


『勇者の娘に異変の疑いあり。万が一の際は助力を乞う』


 ソレイユがこの短い親書を軍閥貴族の全員に送ったところ、総司令官の公爵を始めとし殆どの貴族たちから快諾の返事を貰ったのがその証と言える。



 ブロッド侯爵領からも近い王都の別邸に滞在してから七日目、ソレイユは書斎でオリガからの報告書を読んでいた。


(やはり虐待があったのか……)


 報告書には日常化したルーナへの精神的虐待について詳しく書かれいる。ダミアンを筆頭にブロッド卿はもちろんその奥方、家庭教師たち、果ては雇用人に至るまでと程度の差こそあれ加虐が確認された。

 それだけでルーナの逃げ場のない、辛い生活が想像されるというものだ。


──むごい。と呟いたソレイユの目には怒りの色に染まった涙が滲む。


 猶予はならんなと一人言い置いたまま、ソレイユは書斎のドアを激しく開けて、二の矢の準備へと取り掛かるのであった。

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