第6話 一太、地方大会の開幕を知る
「宮女を嫁にするなら、私の方がマシ」
善英の言葉に驚いてしまったが、太平天国や香港の影響の強さがあるのかもしれない。
親によって決められて、それに従うしかない古い結婚よりは、多少雑でも自分で選んだ方がマシだという価値観だ。
とはいえ、どこまで本気なのかは分からない。仮に本気だったとしても、いきなり過ぎて何と答えればいいのか分からない。
とりあえず今後のことを話すことにした。
「……香港から来たという以上、東禅寺や横浜のイギリス居留地のことは分かると見ていいかな?」
「……もちろんでございます」
私が話題をそらしたのが不服そうだが、無視して話を続ける。
「金を払ってここにいると言っていた以上、吉原を出ることも可能と見ていいだろうか?」
「そうですね。落籍するための費用などはいりませんよ」
ふふっと笑う。
「私も一応旗本のはしくれで、吉原に出入りするのは難儀する。出られるのであれば、東禅寺や横浜にいてもらえる方が有難い。私も英語は話せるし、出入りは容易なので気兼ねなく行けるというメリットがある。それに何と言っても」
「何と言っても?」
「私は、どうも白粉で真っ白い顔を良いとは思えないので、できれば次回は普通にしてもらいたい」
善英は「あっ」と声をあげて、再度笑う。
「それでは、次はそのようにして参りましょう。英語が話せる方に日本の古風な姿は面白くないのですね」
「そういうものかどうかは知らないが……、あ、これは預かってもよいかな?」
洪仁玕の冊子を手にとって尋ねる。「私が読まなくても良いのですか?」と聞かれたが、漢字は読めるので、大体のことは何とかなると答えて、外に出ることにした。
彼女は花魁という肩書なので、当然帰りの廊下に付き合ってくれることはない。「次は東禅寺で」と声をかけてきて、障子をびしゃっと閉められた。
既に入ってから二刻あまり、外は真っ暗だ。
土方は何をしているのだろうか? 私を待っているほど付き合いがいいとは思わないが、二両を支払っているのだから私の成否は一大事だろう。
彼を探しながら廊下を歩いていると、別の部屋から聞き覚えのある名前が聞こえてきた。
「俺は試衛館の永倉に勝つためにここに来たんだ」
小部屋から酔っぱらった男の声が聞こえてくる。部屋の大きさから判断するに、それほど上級ではない相手なのだろう。ただ、間違いなく永倉新八という名前を口にしていた。永倉の知り合いなのだろうか。
「江戸ではまだ剣術大会の話なんて聞きませんえ」
相手の女の方が否定するが、男は不機嫌そうに答える。
「そんなはずはない。俺はわざわざ仙台まで出向いて、四人打ち倒して江戸での決勝戦参加資格を得たんだ。おまえが知らないだけだろう」
「私のところにはお武家はんもよう参られますけど、一言も聞いてません」
「武家も弱い奴が多いからな」
お互い譲らないので、雰囲気が険悪な感じになってきた。
触らぬ神に祟りなし。変に顔出しして問題になれば、土方にも善英にも迷惑がかかるかもしれない。
ただ、東北ではもう大会が終わっているというのは初耳だ。
主催を提言した私が知らないのだから、遊郭の者が知らないのは無理からぬところではないかと思うのだが。
入り口まで行くと、誰もいない。
やり手婆ぁらしい女に土方のことを聞いてみると、入口近くの部屋で酒盛りをしているという。
そのまま帰ってしまおうかとも思ったが、報告しないとネチネチ言われるかもしれない。
案内してもらうことにした。
部屋に入ると、土方が楽しそうに二人の女を両脇に並べて飲んでいた。
好色な悪役が好みそうな構図でそういう人間がやると品の無さが目立つが、土方がやる分には十分様になっている。
「おぉ、一太。随分長かったな。答えられたのか?」
「一応」
と答えると、「何ぃ!?」と立ち上がる。
「だったら何で俺を呼ばないんだよ!」
と、悔しそうな顔で襟元を掴んで揺すってきた。多少の酔いもあるせいで容赦がない。
「い、いや、連れもきちんと三問答えないとダメだと言っていましたので」
「ちくしょう! お高く振る舞いやがって! どんな女だったんだ!」
「白粉をしているので良し悪しが分かりませんので」
正直に答えると、土方はまた「ちくしょう!」と叫んで、私から手を放す。
「……そうだよなぁ。おまえは燐介と違って、江戸一番の堅物だったからなぁ。女のことなんてほとんど見てねぇか」
酔いが回っているせいか、常日頃以上に絡むような様子だ。
言いたい放題言われると多少は言い返したくもなるが、香港や太平天国と言ったところで理解してもらえるとも思えない。
ここは黙っているしかない。
「あとで質問と答えを教えますよ」
「知っても仕方ねぇよ! 今まで三回行ったけど、三回とも一問目を変えてきたんだ!」
「あはは……」
「何かないのか!? この本から問題を出している、とかそういうものは!」
「いやぁ……」
このままでは埒が開かないので、話題を無理やり変えることにした。
「ここに来る途中の部屋で、永倉さんのことを知っている人がいましたけれど、土方さんは知っていますか?」
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