危険なゲームの始まり
――我らがあこがれの女オーク、彼女を目の前に連れてくることが出来たらお前の失態を許そう。
ボスから告げられた言葉は、事実上の死刑宣告だった。
だが、あのドーラ・アントニエッタ・フランザニアの手にかかって死ぬのなら、それは本望なのかも知れない。
好んで死ぬ趣味は無いので、全力を尽くすつもりではあるが。
勝機があるとすれば、彼女が油断しきったところで奇襲を仕掛け、毒物をもって意識を奪う事。
もっとも、その油断しきったタイミングを見つけ出すのが至難の業なのだが。
困ったことに彼女はこの国でも指折りの武人であり、さらにその周囲を実力者集団である騎士共が囲い込んでいる。
まさに鉄壁のガードだ。
特に彼女の副官である"青の悪魔"マウロ。
アレはヤバい。
感知や探索に長けたあの化け物がいる限り、余計な虫は一匹たりとも彼女に近づけないだろう。
例外は隣国の化け物、もはや邪神レベルで恐れられ一部では崇拝までされているという"
ただ、運のいい事に彼女は合コンと呼ばれる恋人を作るためのイベントに参加する予定らしい。
イベントの性質からして、さすがに"青の悪魔"も至近距離での護衛はできないだろう。
その帰り道であれば、彼女にも隙が生まれるのではないか?
そう考えた俺は、彼女が参加する合コンの会場……レストランに足を延ばした。
そして激しく後悔する。
なんだ、この暑苦しいというか重苦しい空気は?
まるで武闘大会の選手控室にでも紛れ込んだような空気ではないか!?
まず、男女比がおかしい。
おしゃれなレストランのはずなのに、男性客が7割を占めている。
これじゃまるで大衆食堂だろ。
そんな異様な雰囲気に充てられたのか、店のスタッフたちもどこか不安げな表情をしている。
これはたぶん、来てはいけないところに来てしまった。
本能的に死の匂いをかぎ取り、背中に冷たい汗が流れる。
だが、ここで引き下がっても俺には戻る場所がない。
今度こそボスに殺されるだけだ。
覚悟を決めて席に座るが、まったく食欲がない。
だが、何も注文しないのもおかしいと思い、飲み物と焼き菓子を注文する。
味は全く分からないが、これが最後の食事になるかもしれないと思うとなかなか感慨深い。
しばらくすると、店の中の空気が少しだけ緩んだ。
何事かと入り口を見れば、貴族の三人坊か四男防と言った感じの青年たちがおしゃべりをしながら店に入ってくる。
あぁ、たぶんこれが今日の合コンとやらの相手だろう。
実に軽薄で殺し甲斐のない連中だ。
この手の奴らは自分の命が危うくなると、恥も外聞もなく命乞いをする。
しかも、決まって「何でもする」という言葉を軽々しく口にするのだ。
俺はそんな誇りのない類の生き物が大嫌いで、「じゃあ、出来るだけ無残に惨めったらしく死んでくれ」と答えることにしている。
そして、出来るだけ苦痛を長引かせながら殺すのだ。
むろん、楽しくはない。
どうせ殺すならば、もっと強情で最後まで罵倒してくるような奴の方がいい。
思わず想像する。
これが例えばあの女オークだったらどんな死にざまを見せるだろうか?
最後まであがいて大輪の薔薇のように血の花びらをまき散らしながら死ぬだろうか、それとも雪の中に咲く椿のように潔く散るだろうか。
想像するだけで全身の血が滾る。
そんな妄想をしているうちに、女オークが店に入ってきた。
ずいぶんとしおらしいフリをしているが、生来の傲慢さと存在感の強さは隠しようがない。
完全に異物だ。
黒ずんだ岩の中に、真っ赤なルビーが顔を出しているかのようなものである。
彼女はしばらく軽薄な会話を楽しんだ後、ふいにその気配を変えた。
まるで獲物を見つけた狩人のような視線。
その視線の先を追うと、そこにはどこかで見た顔があった。
あいつ、俺とは違う
なぜあんな奴がここに?
ふと、その理由に思い当たる。
ひょっとすると、この機会にドーラを狙っているのは俺だけじゃないと言う事だろうか。
考えてみれば、ドーラをつけ狙う連中はごまんといるし、彼らがこのチャンスを指をくわえて眺めているはずがない。
だとしたら、ひじょうに拙いぞ。
奴らは絶対に俺の任務の邪魔をしてくる。
……ドーラをとらえる前に、全員始末しなくては。
そう思った矢先、女オークの隣に青い悪魔が現れた。
ちっ、奴もここにいたのか!
仕事の難易度が跳ね上がったことを悟り、俺は思わず身震いをする。
たぶん、この店の中には変装した騎士も数多く紛れ込んでいるはずだ。
どうする?
……まずは他の連中が仕掛けるのを待とう。
どうせ店の中では仕掛けられない。
勝負は彼女が外に出てからだ。
青の悪魔の手を見せてもらい、そのうえで美味しいところをかっさらう。
よし、これで行こう。
だが、意外なことにドーラは悪魔と行動を共にしなかった。
何やら罵声のようなものを吐いた後、一人席を立って店の外に出ていったのだ。
悪魔も後を追う素振りを見せない。
これは……好機なのか?
罠の可能性は高い。
だが、チャンスであることも間違いなかった。
そんなドーラの後を追うように、裏社会の空気を纏った人間が何人も席を立つ。
俺はわざとそいつらが全員出払ってから店を出た。
ドーラのいる場所は、彼らが案内してくれる。
俺はその後をつけて、最後に登場するのだ。
そして後をつける事わずか数分。
俺が後をつけていた男が突然倒れた。
あぁ、これはアレだな。
……どうやら、ドーラの身柄を賭けた楽しいゲームが始まってしまったらしい。
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