猟師と人食い熊を同じ船に乗せてみました

「えーっと、困るんですけど、そう言うの。

 まさか、店の中ではやらないですよね?」


 アタシからの協力要請に、店の人間は当然いい顔はしなかった。

 オーナー兼シェフであるらしきヒゲマッチョのおっさんは、苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「もちろん店の中ではやりませんよ?

 問題の客が店から出たところで捕まえる予定です」


 まぁ、あくまでも予定だけどね。

 向こうがこっちに気づいた場合はどうなるかわからないし、相手の行動までは保証できない。


 下手したら店の客かスタッフを人質にして逃亡とかやるだろうしねぇ。

 そうならないよう全力は尽くすけど、この世に絶対の安全保障というものはない。


 まぁ、その時は客やスタッフ事プラーナ酔いになってもらうしかないわ。

 でも、それは最後の手段よ。


「さてと。

 マウロ兄、いるんでしょ?

 出てきたら?」


 確信をもってそう告げると、背後に人の気配が生まれた。

 その瞬間、店の中のテンション……主に男性陣の視線の中に落胆が混じる。


「なんだ、気づいていたのか。

 お前にだけは気づかれないよう色々と手を使ったはずなんだがなぁ」


 そんなセリフと共に、彼は頭をかきながら現れた。

 おそらく、私の視界や行動パターンを計算に入れてわからない位置で声を探っていたのだろう。

 でも、それで私の視線から逃れる事が出来るのは彼だけだ。


「当たり前でしょ。

 うちの騎士共があれだけいるのに、マウロ兄がいないはずないじゃない」


 うちのマウロ兄は私が騎士たちと交流することすらいい顔をしない。

 だから、連中が私の近くにいるときは、高い確率で彼もそこにいるのだ。


 よほど兄のポジションを人に奪われるのが嫌なのね。


「それで?

 なんでここにいるのよ」


 いくらマウロ兄が過保護でも、さすがに部下の騎士たちまで連れてここにいるのはちょっとおかしい。

 ただ見守るだけならば、一人でやるはずだ。


 マウロ兄は視線を斜めに彷徨わせると、ふいに指で何かのサインを作った。

 すると、近くにいた騎士たちが自然に人の壁を作り、あたしたちの会話がよそに聞こえないよう他の客との距離を作る。

 その動きを確認してから、マウロ兄は声を潜めながら告げた。


「ありていに言えば、騎士団にタレコミがあった」


「このタイミングで?」


 私が合コンをするタイミングで、しかも合コンの会場に犯罪者がいて、しかもそれを垂れ込んだ奴がいる。

 いくらなんでも、おかしすぎない?


 そんな私の心の声が聞こえてしまったのだろう。

 マウロ兄は苦笑する。


 そして溜息が混じるような声で告げた。


「おそらく狙ってやったのだろうな」


「はぁっ?

 待って、なにそれ!

 なんでそんな事するのよ!」


「おおかた、ドーラの合コンを快く思わなかった裏社会の顔役が、ちょうど切り捨てる予定だった奴を使ってぶっ壊しにかかったんじゃないかと思う。

 ずいぶんと軽い扱いだとは思うが」


「あーいーつーらぁぁぁぁぁぁ!」

 この街の犯罪組織の連中が、あたしに対して妙なコンプレックスを抱えているのは知っている。

 だが、合コン一つ壊すのにここまでするか?


「ちなみに同じことを考えた奴は一人じゃなかったようだ。

 タレコミは全部で5件。

 現在このレストランには、指名手配がかかっている凶悪犯罪者が、少なくとも5名いる」


 あんまりな理由とその行動に、さすがのあたしも頭痛を覚える。

 身内のヤバいのぐらい、自分たちで始末しなさいよ!


「あと、他にも裏社会の顔役から事の顛末を見届けるように言われた連中がいるはずだ。

 むしろ、いまこの店に堅気の人間が何人いるかな?

 いっそ、お前の連れてきた合コンのメンツ以外全部騎士か犯罪者化だったら面白いのだが」


「笑い事じゃないわよ、マウロ兄」


 アタシが眉をしかめると、マウロ兄は薄い唇をゆがめてシニカルに笑った。


「まさにその通りだな」


 その冷淡な反応に苛立ちを覚えつつ、あたしは考える。

 ちょっとまって、この店にバックボーンに統一性のない犯罪者が5人もいて、それを全員捕まえる?


「ねぇ、マウロ兄。

 この状況って、絶対に穏便にはできないやつじゃない?


 最初の一人を捕まえようとした段階で、店に残った4人は騎士に囲まれていることに気づく。

 気づかないと思うなら、それは楽天的を通り越して希望以外が見えていない知能障害だろう。

 しかし、マウロ兄はほんの少し目元を緩めただけで焦りもしない。


「お前にしちゃよく頭が回っているが、少し焦りすぎだ、ドーラ。

 何も全員をここで捕まえる必要はない」


「なんでよ?」


「まずは全員のねぐらを突き止めて、それから一人ずつ確保すればいいだろ。

 まぁ、最後に店を出る奴はこの場で捕縛するけどな」


 なるほど、そう言われれば無理にここで決着をつける必要はないだろう。

 とりあえずマウロ兄が一人も逃さないつもりのようで、少し安心した。


「とりあえず、この場にいる賞金首のリストを見せて」


 この店の誰と誰が捕縛対象なのか、一応頭に入れておきたい。

 たぶん捕縛に酸かはさせてくれないだろうけど、それでも備えあれば憂いなしだ。


 マウロ兄からもらった資料に目を通すと、捕縛対象の犯罪歴は殺人と強盗にえらく偏っている。

 まさに絵にかいた脛の傷。

 これは最初から使い捨て要員として飼っていた奴なのだろう。


 そして店内を見渡し、本当にこの店の中にいるのか一人ずつ店にいるか確認……しようとして目が合いそうになる。


「ねぇ、マウロ兄。

 例の捕縛対象、全員があたしに注目してない?」


 いくらあたしが美人だからって、全員が食事も楽しまずにじっとこちらを観察しているのはおかしいだろう。

 すると、マウロは何かに気づいたようで、少し目を見開いたあとニヤリと笑った。


「あぁ、そうか、なるほどな」


「何一人で理解しているのよ、マウロ兄」


「ドーラ、作戦変更だ」


「いきなり何よ!」


「裏社会の連中が、奴買い物をこのレストランにどうやって集めたか、その理由は何だ?」


 そう言えば、連中がなぜここにいるのか、その理由がよくわからない。

 単に食事にきたにしては偶然が重なりすぎている。

 逆に言えば、あの5人は全員が何らかの理由があってここにいるのだ。


 そして奴らはずっとあたしを凝視している。


「……まさか、あたしの身柄?」


 その答えに、マウロ兄は大きく頷いた。

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