戦え! 〇林卓球!
そこは真っ暗な空間だった。
ただ、熱気とざわめきだけがあった。
そんな空間に、一筋の光が伸びる。
光の先……スポットライトに浮かび上がった壇上に、マウロの姿があった。
彼はマイクを握り、あらん限りの声でこう宣言する。
「ただ今より! ワクワクドキドキあの娘と行きたい温泉旅行選抜卓球大会を始める!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
何か悪いものでも食べたかと思わんばかりのおかしなテンションだが、それに応える者たちがいた。
湧き上がる歓声。
だが、その声はすべて男の物だった。
同時に会場全体が光に包まれる。
そこは騎士団の屋内訓練場。
主に雨の日の訓練に使われ、非常時には民間人を収容して保護するための場所だ。
現在、その会場にはいくつもの卓球台が置かれ、マウロのいる壇上にはドーラの大きな肖像画がかけられている。
しかも、会場にいる男たちの格好も奇妙だった。
なんと、ドーラをデフォルメしたイラストのプリントされたジャケットを羽織ているのである。
見た目はほぼ、アイドルのコンサート会場。
違いがあるのは、そこにいるのが全員マッチョ系の若いイケメンであることぐらいか。
なお、これらの肖像画やジャケットは、全てこの騎士団の広報部の手によるものだ。
つまり、この街においてトップクラスの芸術集団が、ちまちまと手作りでこれらの物を作ったということである。
この場に正気を保った者がいたとしたら、お前ら遊んでないで仕事しろと言いたくなる有様だ。
彼らはちゃんと仕事もしているので、このぐらいのお遊びは大目に見てあげほしい。
なお、この街の治安と行政を一手に引き受ける騎士団が、実質ドーラちゃんファンクラブであると言う事は、わりと広く知られている話だ。
「まず最初に説明しておく。
後日行われる慰安旅行で、ドーラ団長と同じ日程で温泉に行けるのは15名。
そのうち一人はこの俺だ」
会場から、地が揺れるようなブーイングが響く。
彼らの中には殺意すら放っている者もいた。
いや、すでに死の香りを放つ靴下を丸めて投げている奴がいるので、暴動が起きるのも時間の問題だろう。
だが、壇上のマウロは揺るがない。
不敵な笑みを浮かべてこう宣言した。
「なお、ハロルド部隊長とステファン部隊長には、昨日の話し合いで後日の班を引き受けてもらっている。
文句のある奴は話し合いをしよう」
そう言って、なぜか指をゴキゴキと鳴らすマウロ。
意味を察して、会場が静まり返る。
なお、名前の挙がったチベスナコンビの姿は会場に無い。
理由はお察しと言う奴だ。
「では話を続けるが、この会場にいるなかで一緒に旅行に行けるのは12名。
二つの枠は、うちの女性騎士だ。
つまり、枠は残り12。
これは文句ないな?」
いや、文句はある。
どんな理由であれ、枠が埋まるのを歓迎できるはずがない。
だが、男女比が男性9割の騎士団と言えども、慰安旅行に行くのに女性がドーラ一人と言うのはあまりにも不自然である。
それに、これでドーラが嫌がって不参加にでもなれば、そもそもこの企画の意味がない。
男たちは涙を呑んでその提案を受け入れた。
「では、さっそく試合を始める。
各自、出番が来たら所定の場所に来るように!」
そんなマウロの宣言で、戦いの火ぶたは静かにきられた。
「たのむ、今回だけは譲ってくれ!
10000まで出す!」
「金でどうにかなる問題じゃねぇんだよ!」
「死ねっ! 俺の明るい未来のために死んでくれっ!!」
「やかましぃ! 団長の隣に座るのは俺だぁぁぁぁぁぁっ!!」
参加者たちは、それはもう必死である。
見苦しいほどの叫びの中、プラーナを帯びて強化されたピンポン玉が亜音速で跳びまわっていた。
ほぼマシンガンを乱射しているようなものだ。
ちなみになぜ卓球なのかと言うと、ドーラが一言……「温泉に行ったら、卓球したいなー」とつぶやいたからである。
この発言をその場にいたマウロが聞きつけてしまったため、ドーラと一緒に温泉に行くのは卓球の巧い奴というルールが発生してしまったのだ。
なんとも罪な女である。
なお、卓球自体も彼女が前世から持ち込んだ代物であり、騎士団を中心に結構流行っていた。
ラケットやボールなどの数がなかなかそろわないので、それなりに……ではあるが。
考えても見てほしい。
プラーナこみの筋肉ゴリラたちが普通のラケットやボールを使ったらどうなるか?
一瞬で破壊されて競技にならないのである。
そんなわけで、この世界の卓球には魔物の骨や希少金属などを使った道具が必要なのだ。
だが、この会場で行われている卓球にはラケットやピンポン以外にも必要なものがある。
全身を覆う防弾スーツと、今からでも入ることのできる生命保険だ。
「おぉっと、手が滑ったぁぁぁぁぁ!」
卓球をの試合をしていた騎士の一人が、明らかに殺意がこもった声で叫ぶ。
同時に金属で出来た玉が亜音速で会場の一角に打ち出された。
その方向には、大会委員長であるマウロ……。
「ぬるい!」
即座に紺碧のオーラを纏ったマウロは、いつの間にか手にしていたラケット|(竜骨製の特注品)で、自らに迫った弾丸スマッシュを打ち返す。
ギチョン!
明らかに卓球らしからぬ音と共に跳ね返った玉は、この弾丸を打ち出してきた騎士の腹へとめり込む。
「がはぁぁぁっ!?」
「32番、危険行為で失格だ! 連れて行け!!」
気を失った橋を、同僚が修羅の笑みを浮かべたまま引きずってゆく。
労せずしてライバルが減ったことを喜んでいるのだろう。
この場はまさに等活地獄(*1)であった。
なお、卓球は純粋にスポーツであり、暗殺拳ではありません。
良い子の皆さんは、スポーツ精神にのっとり健全に遊びましょう。
そして多大な負傷者を出しながらも大会は進み、といにベスト16までのメンバーがそろったその時であった。
――バタン!
突然、屋内練習場の扉が開け放たれたのである。
「何者!?」
冷えた外気と共にやってきた人物は、まるで月の光が命を吹きこまれたかのような姿をしていた。
「ハロルドから、屋内練習場で妙な物音がすると聞いてきてみれば……」
会場のすべての男たちの視線を浴びながら、その人物は愉悦と危険に満ちた笑顔を浮かべる。
「あたし抜きで卓球大会とか、マジゆるさん!
全員あたしと遊べぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
かくして真の地獄が釜を開いた。
人が魚河岸のマグロのように積みあがる、肉林卓球の始まりである。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
絶望を感じた男たちの、悲痛な声が夜の空気を震わせた。
「くっ、もはやここまでか」
己の計画が完全に瓦解した事を悟ったマウロは、次から同行するメンバーはくじ引きにしようと心に誓った。
同時に、死なばもろともとばかりにこの大事故を画策したハロルドを、もう一発殴ると、かたく決心したのである。
翌日、騎士の二割が体調不良で欠勤したのは……まぁ、自然の成り行きと言うものだ。
(*1)等活地獄……仏教における地獄の一番浅い場所。 不死の体と刃物のような爪を与えられ、互いを延々と傷つけあうことが求められる。
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