そうだ、温泉に行こう!……いけるものなら。
婚活パーティから一夜明けた。
さて、状況をまとめよう。
残念だが、私の婚活パーティーは失敗終わった。
その事実は認めざるをえないだろう。
だが、婚活はまだ終わらない。
なぜならば、次の婚活があるからだ!
「……というわけで、次の婚活パーテイーに向けて準備をはじめようとおもいます!
昨日は自意識過剰な奴の自慢話と、全然面白くない趣味の話を延々と聞かされたせいで、。お肌の調子がいまいちなのです。
そうだ、温泉に行こう!」
――ポン。
執務室の前の廊下で私がそう叫んだ私の肩に、誰かが手を置く。
振り向けば、額に血管をうかべたマウロが立っていた。
そして彼は、腰に響くというより地獄の底から響くような魅惑の低音ボイスでこうのたまわったのである。
「言いたいことはそれだけか、ドーラ」
「ううん。
しばらく温泉に行くから、お休みくだしゃ……ひはい(痛い)!
ひゃひふんのひょまふろ!(なにすんのよ、マウロ)
ひほほほっへはふむぁうのはひゃめへ!(人の頬っぺたつまむのはやめて)」
「お前なぁ、自分が何者かわかっているよな?
この騎士団の団長だ。
……で、この街は騎士団領。
つまり、お前の立場は実質的に領主と同じだ」
そうなのよねぇ。
実は私、けっこう忙しい身の上なのだ。
誰かこの面倒な行政部分代わってくれないかな……と常々思っているんだけどねぇ。
「でもぉ、お肌の調子整えないと婚活パーティーいけないじゃない!」
「お前な、領主の仕事と結婚相手探すのどっちが大事なんだよ!」
「仕事は王様の気まぐれ一つでくなるかもしれないけど、結婚相手は一生隣にいてくれるものよ」
その一言に、マウロはとても嫌な顔をする。
正直言って、いまのうちの国の王様はそういう感じなのよ。
理屈より感情が先。
周りを固める宰相殿が有能じゃなかったら、とっくにこの国は滅茶苦茶になっているわね。
「嫌な説得力だな……。
まぁ、俺も温泉に行くなとは言わない。
人生に潤いは必要だからな」
おお、意外と理解がある!
予想外の台詞に私が目を輝かせたその時だった。
「だが、その前に……」
マウロが指を鳴らすと、執務室の扉が開く。
そしてその正面に鎮座するあたしの仕事机の上には、天井に届きそうなほどの書類が積まれていた。
「この溜まり切った仕事の山をどうにかしてもらおうか」
「マウロ、頑張って!」
私は即座にプラーナを纏い、その場から駆け出す。
「逃がすか!
ハロルド、ステファン!!」
「おぅ!」
マウロの声に応じ、廊下の角からチベスナコンビが姿を現す。
しまった、最初から包囲されていたか!
だが、マウロならともかくチベスナコンビならんとか力づくで突破できる!
問題は、彼らが時間を稼ぐことに徹した時だ。
マウロに追い付かれたら、いくらあたしでも逃げることは難しい。
「ちっ、どきなさい!
怪我をするわよ!!」
「そうは行くか、団長!
ここを通るというのならば……」
彼らは不敵な笑みを浮かべて、恐ろしい台詞を吐いた。
「脱ぐぞ」
「副長が」
「えぇっ!?
なんでマウロ兄!?
でも、それって、見たいような、見たくないような……」
「確保!」
私が躊躇ったその瞬間、チベスナコンビの手があたしの両肩をとらえる。
「し、しまった!」
「さぁ、おとなしく部屋に入ってもらおうか!」
「ふひぃぃぃぃん」
チベスナコンビはあたしの肩をつかんだまま腕を抑え、ズルズルと執務室の方に引きずってゆく。
さすがにこの状況を振り切るのは無理だ。
やろうとしたら、二人に大けがをさせてしまう。
「今夜は寝かさないから、覚悟しろ!」
「何よ、そのエロエロな台詞!
エッチ! スケベ!
いやあぁぁぁ、汚されるぅぅぅぅぅぅ!!」
「ふはははは、残念だったな!
この建物の中において、その台詞を聞いても助けに来る奴はいないぞ!」
「ステファンの言う通りだな。
これが普段の行いと言う奴だぞ」
「しまったぁぁぁぁぁ!」
身から出た錆とはいえ、かなり精神的ショックである。
私は引きずられるままに、なぜかお祈りタイムに入っているマウロ兄の横をすり抜け、執務室の椅子に座らされた。
そして死刑宣告の槌音のように大きな音を立てて扉が閉まる。
かくしてあたしの温泉計画は木っ端みじんに砕け散ったのであった。
数時間後。
「ねぇ、ご飯は?」
「飯を食うより手を動かせ。
ここまで処理したら運んできてやる」
そう告げると、マウロ兄はデスクの左に書類の山を積み上げた。
……鬼か貴様は。
なお、トイレの時に脱走しようと思わなかったことも無いのだが、いつの間にか女子トイレの窓に鉄格子がはまっており、しかもその先に鳴子まで付けられていた。
なんというか、数少ないうちの女子職員に申し訳ない気分になったので、強行突破は無しである。
……というわけで、今日は書類仕事ですよ。
朝の訓練にも参加させてもらえませんでした。
しょぼーん。
それからどれほどの時間が過ぎただろうか。
たぶん二回ほど朝日が窓から差し込んだ気がする。
私はプラーナで指を保護し、腱鞘炎にならないようにしながらペンを走らせ続けた。
書類の山は順調にその体積を減らし、ついに最後の一枚。
「あ、これって……」
私が手にしたその書類には、騎士団の慰安旅行についての計画書と記されていた。
むろんこの街の行政と治安を一手に引き受ける我々が一斉に休みを取ることはできない。
だから、全体を三分割し、交代で旅行に行くのである。
しかし、この選択が意外と難しい。
私の治めるこの街は隣国との国境にあるため、有事の際に駆け付ける事の出来る場所にしか旅行に行けないのである。
だが、その行き先は……。
「温泉?
この街の近くにそんな場所あったんだ?」
私の知る限り、この近くには火山がない。
よって、温泉のある場所までは結構な距離があるはずだった。
思わずマウロを見上げると、彼はニヤリと笑う。
「最近の話だが、割と近くで炭酸泉がわく場所が見つかったんだよ。
なんでも、温泉の中には水温が低いけど温めれば温泉と同じになるものがあるらしい。
お前が喜ぶと思って、情報を仕入れておいたんだ。
頑張った奴には、ちゃんとご褒美を上げないとな」
「やったぁ、マウロ兄! 大好き!!」
私が思わず抱き着くと、マウロ兄はまんざらでもないと言った感じの表情になった。
だが、この時私は知らなかったのである。
この企画の裏で、男たちの策謀がいくつも蠢いていたことを。
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