敗戦処理と反省会、そしてその次

 さて、帰る前にやらなきゃいけない事がある。

 ……あんまり気持ちのいいことじゃないけどね。


「よし、帰るわ」


「えっ、ちょっとまって!

 まだ、色々と……」


 私は椅子から立ち上がり、茫然とする男性たちを尻目に女性が壁を作っている場所へと向かった。

 だって、あの状態のマウロ兄を残したまま帰るわけにはゆかないじゃないでしょ?


 女性の壁を強引にかき分けて内側に入り込むと、そこには予想通り困り果てたマウロ兄が引きつった笑顔で女性たちに対応していた。

 はぁ……腹黒な癖に、こういうところは無駄に優しいんだから。


 なぜかイラっと来て、こめかみのあたりが引きつる。

 なんか、すごく嫌な感じ。

 

「マウロ兄、帰るわよ」


「え? ドーラ!?」


 突然呼びかけたあたしを見て、マウロはひどく驚く。

 何よ、あたしが助けに来たのがそんなに意外だった?

 そんな彼に向って、私は黙って手を差し出す。


「ちょっと、貴方何を……」


 すかさず周囲の女性たちからものすごい顔で睨まれる。

 だが、私はニッコリと笑顔を返した。


「ごめんなさいね、兄の顔色が悪そうなので失礼させてもらうわ」


「え、お兄さん?」

「あまり似てないけど……」


 まぁ、実際に血のつながった兄ではないしね。

 でも、そんな事を説明する必要もないし、したいとも思わない。


 それに、マウロ兄の顔色が悪いのも本当。

 たぶん、この化粧品の匂いにやられたのね。

 私ですら鼻の奥が痛いと感じるほどだもの。


「ほら、行くわよ」


「お、おぅ」


 もう一度声をかけると、マウロ兄は私の手を握って素直についてきた。

 ……なんだかいつもと立場が逆ね。

 でも、なんか悪くない。


「んー、つまらなかったぁー!」

 会場の外に出るなり、あたしは大きく伸びをし……ようとしたけど、肩に布地が引っ掛かるのを感じて慌てて腕を降ろす。

 この服、デザインは好きだけど、どうもあたしとは相性が悪いらしい。


「……人に手配させておいて、真っ先に言う台詞がソレかよ」

 隣から聞こえてきた声に目をやれば、マウロ兄が憮然とした顔をしていた。


「だって、つまらないものはつまらないんだもの。

 あんまりいい男いなかったし」


「お前な、いったい何を期待していたんだ?

 こういうパーティーに完全無欠のいい男がずらっとそろっているとでも思ったか?」


 文句を言いながらも、マウロ兄の顔はどこか機嫌よさそうである。

 ……一体何を考えているんだか。


「違うの?」


「考えてもみろ。

 こういうパーテイーに来る奴は、それなりの理由がある奴が多い。

 例外が無いとは言わないがな」


「まぁ、言われてみればそうよね。

 あと、女性慣れしていな男の人も多かった気がする」


 おおかた、結婚に興味はないけど無理やり送り込まれてきたって口だろう。


「ねぇ、マウロ兄。

 まだ時間も早いし、どっかで反省会でもしない?」


「……悪く無いな」


 少し気分転換がしたかったのでそんな誘いをしてみると、マウロは少し考えた後で小さく頷いた。


「でも、兄をつけるのはやめろ。

 いつも通りマウロでいい」


「んー、なんか今日はダメ。

 兄ってつけたい気分なの」


 そんなわけで、やってきたのは川沿いのカフェテラス。

 ぜんぜん馴染みのない店だけど、外から見た感じがおしゃれで可愛かったのよね。


 女性向けだからマウロ兄には居心地が悪いかと思いきや、平然としている様子。

 これはもしかして、女子から何度も誘われて慣れているから?


 このネタでからかってやろうと思ったけど、注文した飲み物が来たからまた今度にしておくか。


「こうやってデートじみた事していると、出会ったばかりのころのマウロ兄を思い出すわね」


「……ブッ! ゴホッ……ゲホッ、ぐはっ」


 あたしが昔を懐かしむ台詞を口にすると、マウロ兄は突然口にしていた珈琲を吹いて、派手にむせた。


「ちょっとー、汚いわね」


「悪い。

 でも、あの頃の話はあまり思い出したくないんだ」


「え? そうなの?

 私はけっこう楽しかったけどなぁ。

 そっか、マウロ兄はあんまり思い出したくないのか」


 すると、マウロ兄は苦り切った表情と共に遠い目をする。

 んー、あの頃の思い出って、そんなひどいものだっけ?

 騎士の訓練学校だから訓練厳しかったけど、そんな顔になるようなことはなかったはずよねぇ。


「いや、楽しかったと言えば楽しかったんだが、それにくっついている記憶が色々とな。

 俺がお前に声をかけるきっかけ、憶えているか?」


 そう言われてようやくあたしは思い出しす。


「あ、そっか。

 あたしがマウロ兄と知り合うきっかけって、最初はストーカーを諦めさせるための偽装恋人だったもんねぇ」


「そうなんだよ。

 なのに、お前の演技力ときたら……ほんと、絶望的でなぁ。

 男にちやほやされている女王気取りの女なのに誰とも付き合ってないらしいし、少し変だなと思ったら……中身はとんだポンコツで……」


「うっ……む、昔のことは忘れたわ!」


 や、やだ、あたしまで色々と思い出さない方がいい事思い出した。


「ほんと、あの時は完全にアプローチ間違えていたよ。

 今になって、本当に後悔してる」


「むこ、この話終わり!

 昔の事なんて思い出したくない!!」


「そう言えば、婚活パーティーはお気に召さなかったようだけど、もういいよな?

 さすがに懲りただろ」


「まさか。

 今回は婚活パーティーというものを何も知らなかったが故の失敗よ」


「まだやる気なのか!?」


「とうぜん!

 今度は、もう少しあたしにあった婚活パーティーを探すことにしたわ」


 そう言って、私は一枚のビラを差し出した。

 そこに書かれていたのは、会員制の婚活パーティーの案内。


 年収1000万以上、イケメンの医師、弁護士と言ったえりすぐりの男だけが集まる婚活パーティー。

 貴女の理想の相手がきっと見つかります!


「とあぁぁぁぁぁぁっ!」

 突然マウロ兄が奇声を下駄化と思うと、彼の手によってビラは一瞬で引き裂かれた。


「ちょっと、何してんのよ、マウロ兄!」

「邪悪な者を駆逐しただけだ。

 こんなの、詐欺だろ!

 そんな都合のいいパーテイーがあるか!!」


「参加してみないとわからないじゃない!

 ねぇ、マウロ兄も一緒に入会しましょ!

 この条件ならば、マウロ兄も十分満たしているじゃない」


 すると、なぜかマウロ兄は両手で顔を覆ってぶつぶつ何かしゃべりはじめた。


「程度の低い婚活パーティーに送って幻滅させるはずが……。

 こんな作戦、やるんじゃなかった」


「何か言った、マウロ兄?

 ちょっと、またお祈りに入ってる!

 神様に祈ったところで、そうそう結婚相手なんか見つからないわよ!」


 なお、マウロ兄が立ち直ったのは、太陽がすっかり西の彼方に沈んでからの事だった。

 その間に私は店のメニューを一通り試し、支払いをマウロ兄に押しつけたのは言うまでもない。


 なお、この店はオムレツが絶品でした。

 こんど一人で食べにこよっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る