スKきYoメイクで行こう!
「よし、完璧なメイクね」
鏡を前にして、私は大きく頷いた。
あの憎っくきニキビも、もはやその陰すら見えない。
「うふふふふふ、待っていなさい、会場の男たち!
この私がメロメロにしてあげるわ!」
そして会場の女子のみんな、ごめんね。
男たちの視線はみんな私が奪っちゃうかも!
心の中で小さく付け加えながら、私はバッグを拾い上げて玄関に向かった。
そう、今日は婚活パーティー当日、つまり決戦の日である。
しかし……メイクが何とかなってよかったわ。
これだけ気合の入ったメイクなんて、ほんと久しぶりだったし。
こんな事になるのならばマウロにメイクの仕方も習っておけばよかった。
あいつ、男のくせにこういうの一通りできるのよね。
そのマウロと言えば、どうしても外せない用事があるからって支度の手伝いを断られたのよ。
この可愛い妹の婚活より大事なことって何なの!?
まったく、使えない兄だわ。
心の中で愚痴をこぼしながら、私は通りに出て馬車を捕まえる。
パーティー会場に徒歩で駆けつけるのは格好がつかないし、こんなドレス姿では馬に乗ることもできないからだ。
手を挙げて馬車が止まるのを待つと、すぐに一台の馬車がスピードを緩めた。
よし、こんなに簡単に馬車が捕まるだなんて、なんだか幸先がいいわね!
「お嬢さん、今日はどちらに行かれるの……で?」
馬車を停めた御者は、私の顔を見るなり愕然とした顔になった。
あらあら、ダメよ?
私に見とれるのはわかるけど、ちゃんとお仕事しなきゃ。
でもほら、私って美人だからこういう反応されるの仕方がないのよね。
御者のオジサンは、数秒ほど私の顔を凝視した後、何か困ったような顔でこう尋ねてきた。
「お嬢さん、今日は仮面舞踏会に参加ですかい?」
仮面?
私の顔が人形みたいにクールって事かしら?
「あらやだ、ただの婚活パーテイーですのよ?
行き先は……」
御者にパーティー会場の名前を告げ、彼の手を借りて馬車に乗り込む。
その際に馬と目が合ったのだが、馬もまた私の美貌に驚いたのか、目をまん丸に見開いていた。
ほんと、美しさって罪ね。
会場に到着すると、そこにいた人々の視線はすべて私に集まった。
その全ての顔が、驚愕と言う名の感情に染まっている。
ふふふ、本当に美しさって罪だわ。
今回参加の女性たちには、本当に申し訳ない事をしてしまったわね。
「うふ、うふふふふふふふふ」
ダメだとわかっていても、笑い声が止まらない。
私は優越感に浸りながら会場の奥へと足を踏み入れた。
――ん? なにあれ。
会場に入ってすぐの事だった。
フロアの一角に、妙な人だかりできていたのである。
ん? よく見たら人垣を作っているのは女性ばかりね。
つまり、その中心には私の王子様が!?
いや、王子様という言葉は不吉だわ。
実を言うと、私には本物の王子様の婚約者になりかけた過去があったのだ。
……何度思い返しても忌々しい記憶だけどね。
こうしてはいられない。
この私の美貌を運命の人に焼き付けなくては!
私がその人だかりに足を踏み入れると、恐れをなしたのかパッと人垣が分かれる。
そしてその中心にいた運命の人は……。
「マウロ!?」
この私が見間違えるはずもない。
そこにいたのは、マイソウルブラザーであるマウロその人であった。
なんでマウロがここにいるの!?
私が驚いて立ち止まると、向こうもこちらに気づいた。
「その声、まさかドーラか?
お前、なんて顔しているんだ!」
「なんて顔って、完璧なメイク……」
「ちょっとあっちに行こうか!」
問答無用で私の腕をとったマウロは、そのまま私を無理やり会場の奥の小部屋に引きずりこんだ。
え、何、これってまさか!?
ダメよ、私たち兄と妹だからこんな事許されないわ!
こ、これは夢よ!
きっと夢なんだわ!
はやく、夢なら早く醒めなさいっ!!
心の中でそんな悲鳴を上げていた私に、マウロは鏡差し出す。
そしてそこに映っていたのは……。
「す、す、スKきYo……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう、明るさが十分でない場所で不慣れなメイクを施した私の顔は、まさに妖怪ぬりかべ女。
自分の絶叫がすべての音を遮断する中、心の中でぼそっとつぶやく。
あー、これは確かに仮面舞踏会だわね……と。
つづいて、家を出てから今までの自分の立ち振る舞いを思い出す。
このメイクで意気揚々と馬車に乗り込み、このメイクでさっそうと会場に現れ、このメイクで含み笑い。
「……終わった」
今風が吹きつけてきたら、私は真っ白な灰に皮って崩れ落ちた事だろう。
もはや叫ぶ気力すら残っていない。
うん、もー帰っていい?
墓があったら入りたいです。
そんな瀕死の私に、マウロは容赦なくお小言をたれる。
「お前な、メイクをするときは全体を見ろって言っただろ。
細部にばっかりこだわって、自分がどうなっているか気づかなかったな!?」
「……こんなグチグチねちっこい男、ヤダ」
たぶん疲れていたのだろう……思わずこぼれた本音に、マウロが何か雷で撃たれたかのように硬直する。
なに? 素足でレゴでも踏んだ?
すると彼は、咳払いをしてから私の肩に手を置いて、いつもの優しい声で囁いた。
「まぁ、終わったことを言っても仕方がないな。
……今日はもう帰るか?」
「うん、帰る……じゃなくて!
なんでここにマウロがいるのよ!」
あっぶなーい。
あやうく雰囲気で流されるところだったわ。
「外せない用事って嘘だったの?
もしかして、私の事が心配でこっそり様子を見に来たつもりが……」
「アホ抜かせ。
俺もこのパーティーの正式な参加者だよ。
お前のパーティー参加の手続きをするときに、自分の分も手続したんだ」
「え? なんで?」
「思い出せ。
俺もまた独身で、しかもお前より年上だ。
参加しても全然不思議じゃないだろ」
「だ、ダメよ! マウロはダメ! なんかしらないけど、絶対にこういうのダメ!!」
「相変わらず理屈の通じないダメ出しだな。
だが、俺の参加を拒む権利はお前にありません」
「ひ、ひどいわマウロ!
そんなの横暴よ!!」
「お前は一度横暴の意味を辞書で引きなおせ。
いや、その前にそのふざけたメイクを直すぞ」
そう言うなり、マウロはどこからともなく化粧道具を一式取り出した。
え? なんでこんなものがここにあるの?
そんな疑問も口に出すことは許されない。
マウロは真剣な顔で私の顔を覗き込み、みるみるメイクを修正したのである。
そしてついにメイクが仕上がり……。
「こ、これが……私……!?
って、なによこのメイク!
全っ然、私らしくないじゃない!!」
出来上がったメイクは、どちらかというと強気で凛々しい顔立ちである私とは真逆。
繊細で弱そうな印象の物だった。
「おいおい、ここは婚活パーテイーの会場だぜ?
気の強そうな顔よりも、こういうか弱い感じの女がモテるんだよ」
……言っていることには説得力あるけど、笑うの我慢しながら言う言葉じゃないでしょ!
ええ、こういうメイクと正反対な性格していますとも!
彼氏いなくても生きてゆくだけならできますが、何か!?
人はパンのみにて生きるものにあらずなんだよ、こんちくしょおぉぉぉぉぉぉ!!
こみあげてくる言葉を何とか飲み込み、私は大きく肩で息をする。
「……なんか自分じゃないみたいで気持ち悪い」
「そうそう、そういう困ったような顔してろ。
多少メイクが合ってなくても、男が蠅のように寄って来るぞ」
「ちょっと、例え方が悪すぎるわ!
それじゃ私が腐った肉みたいじゃない!!」
「来年、お前いくつになるんだっけ?」
「ゴフッ……無念。
マウロ……許すまじ」
マウロへの復讐を心に誓いつつ、私は意気揚々とパーティーの会場に舞い戻った。
その瞬間、オォォォォォと湧き上がる歓声、男たちの熱を帯びた視線。
これよ! これを期待していたの!
私はにっこり微笑んで無人のテーブルを目で探し、別人になった気持ちで腰を掛けようとする。
すると……。
「ど、どうぞ!」
すかさず近くにいた男が椅子を引いてくれた。
「あら、ありがとうございます」
そこから先は、まぁ、期待通りの展開よ。
マウロの言葉通り、男が本当に映えのように寄ってきて、自慢話だのなんだのをぶち上げてゆくのだけど……ぶっちゃけ面白くない。
なにこれ。
こんな状況から結婚相手見つけるの?
……無理じゃね?
それでもなんとかマシな男を探そうと頑張るのだが、話しかけてくる男が多すぎて邪魔だ。
しかも、良さそうな人を見つけたとしても、そこにはすでにほかの女が群がっている。
そういえばマロウはどうしているのだろう?
見渡してもなかなか見つからない。
もしかして、もう帰ったのかな?
いや、違う。
きっとあそこだ。
女性で出来た壁の中があったのでよく観察してみると、やはり彼の顔はその向こう側にあった。
ニコニコと笑っているが、あれは彼なりに困っている時野顔であることを私は知っている。
――今日のところは無理そうね。
そう結論を出すと、私は当たり障りのない挨拶をしてからその場を後にする。
かくして、最初の婚活パーティーは大失敗に終わったのだった。
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