4:手管を振るう、朗々と

 連続するマッハの衝撃波が地上を叩けば、まるで地鳴り。

 校舎の窓が激しくわななき、春に茂る木々が一様にざわめく。

 その噴出を推力に赤黒の矢印群が、冷や汗を噴き出す三枝へ。


「でたらめだー!」


 上半身を柔らかく捻り、下半身を跳ねさせ、手の妖刀で叩いては直線の害意をやり過ごす。いつのまにか自由落下もやめており、宙に静止、そればかりかじりじりと後退していた。

 どうしても捌ききれない数本は、頬を切らせ、肩口を裂かせて、被害を最小に。

 そんな調子で総勢二十四本がうまくやり過ごされてしまい、


「それならおかわりよ!」


 旭は笑い、間断なく、惜しむこともなく次の三十六本を放った。


「くぅ! やっぱ二週目は弾幕が濃くなるね!」


 やはり、全てが直線でもって襲いかかる。

 捌ききれない数が十本増え、同じ数だけ青年にかすり傷を負わせ、


「これじゃ、得物の選択ミスだ!」

「なら、おとなしく尻を出しなさい!」


 だからなんの話だ、との抗議を無視して、少女は絵筆を三度振るう。

 今度は四十八本。

 その上で、三枝は姿勢を崩している。


「アサヒ!」


 桔梗を抱き上げたアニェスが遠くから、有利大のこの状況に的確な助言を放った。


「射殺せ!」

「なんだよ、その物騒な応援!」


 矢が放たれた。

 確実に十数本は黒スーツごと体を貫く、致命の軌道だ。

 だから、三枝は動く。


「邪法なんて、ほんとは使いたくないんだけど!」

 左の手で印を結び、刀を掲げる。

 と、彼の前面に黒色のフィルムが広がり、


「‘魏石鬼の暗雲’!」


 通過した矢が、全て目標から逸れていった。

 赤黒は、夕空に薄められて、次第にその身を溶かして無力に。


「バリア⁉」

「飛び道具専門のね!」


 音速の障害を排し、青年は降下を再開。

「八頭っちゃん!」


 夕霞の悲鳴が物置小屋から降ってくるわけは、よくわかる。

 予想着地点が、マーカラに太刀が届く旭の正面なのだから。

 ふざけるな、と小さな人は歯を噛む。

 四年をかけて、実戦闘に足る性能を得たというのに、こんなあっさりかわされてしまうとは、だ。

 手は?

 迫る太刀から、己と彼女を守る術は?

 模索の思考だが、


「アサヒ! 水色を!」


 背後からの艶ある声と、抱き上げる腕に絶たれた。

 マーカラだ。

 示唆のとおり、とっさに筆を振り上げると、宙に水色の塊を放つ。そのままでは、ただの絵具として、放物線に乗って土に落ちるはず。

 さて、と見守れば、横合いから腕が伸び現れた。


 白磁のような腕は、しかし、血管が浮くように赤い筋を幾重にも浮かせていた。流れは指先へと集まっており、指の先には怪訝な顔の三枝・和也。


「それって目くらましでしょ!」

「うまくいったらお慰み、よ」


 影神が笑い、爪の隙間から血霧を噴き出す。

 確かに、空気成分が変わるわけでない。一度交戦した内閣特別調査室の室長が言うとおり、ただの目くらましなのだろう。

 噴霧は水色の絵具を通過し、眼前に明寒色の霧が立ち込めた。

 敵はそこに飛び込み、突破を図る。


「っっ⁉」


 が、その落下速度はすぐに鈍った。まるで、プールにでも飛び込んだように動きが緩慢になり、同時、慌てて口と喉を押さえ、もがき始める。

 旭は疑問を浮かべて、頭上のマーカラに確認の視線を送れば、

「今はこれが精一杯ね」


 艶濃く笑うから成功は悟るのだが、


「だからなにが起きたか説明しなさいよ!」

「え⁉ は、ちょ……え⁉」


 アッパーカットの要領で手の平を、下部から中央スリットへアサルト。

 意外にもひんやりとした柔らかさが平と甲へ押しつけられ、あまりの居心地のよさに少女は「おぉ……おおぉ……」となってしまった。


「……説明してもいい?」

「いいけど、この手は抜かないわよ! 絶対に、そう絶対に!!」


 影神の嘆息が聞こえたが気のせいだ。それに、快楽にかまけて為すべきを怠るほど、自堕落な人間でもない。ただ、おっぱいこそが為すことであり、それ以外はそれ以下であるだけの話なのだ。

 だからいい。なんなら、残った手を突っ込んでも大丈夫。

 よし、と実行に移ろうとしたところで、


「血霧を着色して空気の流れに干渉したの」


 使った色は「明」と「寒」。つまり、「軽」であり「遅」だ。


「動きが遅くなった大気は抵抗を大きくするし、気管支に入り込めば酸素供給にも障害が出るんじゃあ、と思ってね。もう少し密度を上げられたらよかったんだけど」

「ちょちょちょ!」


 制止の声は、頭上で弓を構える少女。


「これ以上って、三枝さんを殺す気ですか⁉ 呼吸不全なんですよね、それ!」

「くく! 目を狙わなきゃ、とかのたまってた人に言われたくないわ!」

「だだだってパンツ見られたんですよ⁉ そ、それに目ですし!」

「ふう……今日のユッカ、こっちがガチでヒクほど、正気度が落ち込んでるわね!」

「どういう意味ですか!」


 どうもこうも。


「で⁉ 手はあるわ! 密度を濃くする手段はね!」

「ふふ。頼もしいわねぇ。けど、どうやって?」

「行くわよ……梗・さ・あ・ん!」


 手をメガホンに、水色に着色された血霧で隠されてしまった向こう側に、声を放つ。

 すぐさま、


「は⁉ 呼んだかい! ってか、なんだい、この円谷特撮みたいな塊は!」


 向こうから、気絶の回復のお知らせが届いた。


「梗さーん! この下乳メス猫が、ディープキスしたいんですって!」

「なにー⁉ ちょ、ちょっと待ってて! すぐ行くから! アニさん、ちょっと離してくれないかな? いや、それはフルネルソンって言って、お姫様だっこよりホールドがきつ……なんかユッカの弓が僕に向いてるんだけど⁉」


 どうやら作戦は破綻をきたしたようだ。

 むう、と不満に唇を突き出すと、


「なるほど。梗さんから魔力を貰おうって話……けど、どっちにしろ間に合わなかったわねぇ」

「え?」


 と指し示す先を見れば、三枝の姿がない。

 認知による疑問符が生じるまでの隙間に、左前方の花壇か咳き込む声が。


「脱出した⁉」

「反閇だっけ? あれを使ったみたいねぇ」

「動作遅延のなかで、歩法を? やっぱりまともじゃないわ!」


 ふらふらと立ち上がりながら、三枝は胸を押さえながら、こちらを指差す。


「こ、こっちのセリフげぼげは! はぁはぁ……だよ……君ら、ほんとに躊躇なく殺しにくるよね!」


 呼吸を落ち着けると、やはりサングラスをかけなおし、


「ま、今のは影神が主導だから、かな?」


 スタンスを大きく取って、戦闘を仕切りなおす構えを見せた。

 魔術師は、一分の隙をも埋め立てて、旭を抱くマーカラへ膨らむ敵意を向ける。

 受けた側は、


「マーカラ?」

「なあに?」

「あの霧、消しちゃってもいいわよ?」

「うぅん……一応、キョウさんとの壁にと思ったんだけど」

「その前に、アンタが倒れたら話にならないでしょ?」


 小さな指を、白磁のような腕に伝わせた。

 掬いあげれば、付着するのは冷たい汗。


「魔力、切れかけてるんだから、無理しないの」

「けどねぇ」

「向こうにはアニがいるわ」


 諭されたようだ。

 素直に血霧を解けば、腕にあった緊張も一緒に解けていく。

 人が酸素を求めるように、肺を大きく膨らませたマーカラが、


「え? キョウさん?」


 不審がる声をあげるから、旭も目を。

 すると、構える三枝の背後で、フルテンション顔の半裸の桔梗がジャンプ、


「マーさん、唇のお届けだよ!」


 そのまま黒スーツの背中に抱きつくと、胸に手をまわし、


「うはー! マーさんのおっぱ……あれ? やけにフラットなんですけど!」


 ひとしきり揉みしだいたところで、被害者男性が見事な一本背負いを炸裂させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る