第1章
ピンチ!うらら、貞操の危機!?
パパ活————。
それは、若さと時間を持て余した女性が金銭的に余裕のある歳上の男性に癒しの時間を提供し、その見返りとして金銭的な援助を得る活動である。
上手くいけば比較的簡単にお金が手に入り、楽してお金を稼ぐ事が出来ると興味本位で手を出す女性が後を経たない。
しかし、甘い話には裏があるもので、決してパパ相手に気を許してはならないのだ。彼らの多くは悪魔の如く言葉巧みに甘言を囁いて無垢なる少女を誘惑し、更なるステップへと進もうとしてくる。
そして
そんなリスクを抱えながらも、うら若き乙女たちは日々刻々と目減りする若さを消費し、今日も自身に値段をつけて売りに出すのだ————。
✳︎✳︎✳︎
今後の人生に関わる重大な岐路に立たされた彼女には、将来の夢も無ければこれといった目標も無く、フラフラと流されるがままに退屈な日々を過ごしていた。
しかしそんな彼女にも唯一、趣味と言うには
それは、“パパ活”である。
何時からそれを始めたのかは覚えてはいない。
ある時、漠然とした虚しさと寂しさに襲われた彼女は気付けば僅かな温もりを求めてパパ活へと手を出していた。
しかし、そんな彼女は当時の自身の軽薄さを今まさに後悔しているところだ。
「ね? ねっ? ちょっとだけだからさァ、付き合ってよ~ハルカちゃん!」
「や、やめて下さい⋯⋯⋯⋯!」
妖しいネオンがギラギラと点滅し、週の終わりに浮き足立つ無数の人々が行き交う夜の歓楽街。ラブホテルのエントランスにて————。
そこには、自身の許容量を遥かに超えて呑んだせいで酔いが回り、赤ら顔でうららの腕を強引に掴む一人の男性がいた。
年の頃は四十から四十五ほど。うららの親とそう変わらない年齢だ。
抵抗しようにも意識が
(ジュースだと思ったのに⋯⋯コイツ、お酒を呑ませて来やがったっ!! このままじゃホテルに連れ込まれる⋯⋯!)
うららは昔から腕っ節にはそれなりに自信があった。背も大きい方だったし、周りと比べて力も強い。
だから、成人男性の本気の力で押さえ込まれた時、抵抗してもビクともしないことに大層驚いた。そして、女の中では力が強くても男に比べれば圧倒的に非力な自分が悔しくて悔しくて涙が滲んだ。
「だ、だれ⋯⋯か⋯⋯」
しかし、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だと、2人のようすを遠巻きに見ていた数人の野次馬はうららと目が合うなりサッと逸らし足早にその場を後にした。
夜の街での諍いは誰もが見て見ぬふりをする。うららだってそうだ。これでは助けは望めないだろう。
(寂しいからってこんな事してるあたしの自業自得だよね。もう、どうでもいいや⋯⋯)
うららが抵抗を諦め、ふっと身体から力を抜いた瞬間————。
「その子、嫌がっているでしょう。手を離して下さい」
声が聞こえたかと思えば背後からニュッと勢い良く手が伸びてくる。
驚いて振り返ると仕事帰りのサラリーマンだろうか、スーツ姿の息を切らした男性がうららの腕を引っ張る男の肩を力強く掴み、押し退けていた。
「はぁ!? なんだァ、お前!」
アルコールで気が大きくなった男は、やや
しかし好戦的な男にも怯む事なく、真っ直ぐに相手を見据えるスーツ姿の男性。一見、地味で気弱そうな見た目の男性であったが、余りにも堂々としたその姿にうららに迫っていた男も面を喰らっているようだ。
「余りにしつこいようですと、警察に通報しなくてはならないのですが⋯⋯よろしいのですね?」
胸ポケットからスマートフォンを取り出した男性は見せつけるようにして液晶に表示されたテンキーを押していく。1、1、0と入力したところで、画面を耳にあてた。
「⋯⋯くそっ! 興醒めだ! お前もその気が無いならこんな事すんなよなァ!!」
そう吐き捨てた男は逃げるようにしてラブホテルのエントランスから走り去った。その姿を無言で見送るサラリーマンの男性は胸ポケットへとスマートフォンを仕舞う。
どうやら、通報するというのはハッタリで通話ボタンまでは押していなかったようだ。
男の姿が暗闇に溶け跡形もなくなった頃。うららを助けた男性は腰を屈め、安堵から腰が抜けてエントランスの床にへたり込むうららに向かって手を差し伸べた。
「ふう⋯⋯随分と乱暴な男性ですね。⋯⋯君、大丈夫でしたか? さぞかし怖かったでしょう」
「⋯⋯⋯⋯!!」
ライトに照らされた黒髪からチラリと覗く、一点の濁りもない澄んだ瞳とパチリと視線が合う。
その瞬間、うららの脳内にビリビリと激しい衝撃が走り、色褪せた世界にまるで陽が差したかのように目の前がパァッと明るくなった。
瞳に映る景色はこれまでに無いほど鮮やかな色を纏い、頭を支配していた
嗚呼、世界とはこんなにも美しいものだったのか————。
うららはこの時、この世の真理を理解したような気持ちになった。
ぎこちない笑顔で手を差し伸べる冴えない
「⋯⋯⋯⋯見つけた、あたしの運命」
周囲には聴こえないほどのほんの小さな声でそう呟く。
うららは確信した。この男性が自身の“運命”であると。そして、何としてもこの男性を射止めねばならぬと。
しかし、どんな時代にも運命の恋に障害は付き物である。
うららは男性の手を取って立ち上がり、お礼を言おうと口を開く。
「あ、あの⋯⋯ありが————」
走って来たせいで乱れた長い前髪の隙間から覗く薄灰色の瞳。目が合えば吸い込まれてしまいそうな瞳でうららの顔をジッと見つめる男性に思わず頬が熱くなった。
もしかして、この人も————。
しかし次の瞬間、初恋に浮かれるうららの淡い期待は木っ端微塵に砕かれることになる。
「高校生がこんな時間にこんな場所に居ては駄目ですよ?」
「はっ⋯⋯!?」
(な、なんでうららが高校生だって分かったの⋯⋯!?)
予想だにしなかった男性の言葉を聞いた途端、アルコールと初めての恋によってボンヤリと鈍っていた頭が、冷や水を浴びせられたように熱が引いて鮮明になる。
探偵に正体を見破られた真犯人の如く不意を突かれたうららは思わず後退った。
うららはパパ活の際には余計なトラブルを避ける為にも大学生と偽っていた。高校生と比べて僅かに値打ちは落ちるものの、これも最低限自分の身を守るためだ。
その為、メイクも何時もより濃いめであったし、服装だって勿論制服では無い。
元々実際の年齢よりも幾つか上に見られる事が多かったのもあり、今まで年齢を誤魔化しているなんて指摘を受けた事が無いうららにはそれなりの自信があったのだ。
それなのに、どうして分かったのだろうか。如何やら、今日はかつてないほどの厄日らしい。
(不味い⋯⋯! バレたら学校にチクられるっ)
先ほどまで目の前の男性に感じていたトキメキも今は何処かへと飛んでいき、如何にしてこの
「あ、あのっ!! 助けてくれてありがとうございましたあぁぁぁ!!!!」
脳内緊急会議の結果————取り敢えず逃げる、そう結論に達したうららは乱れる髪もお構いなしに一目散に走り出す。
先ほどは言いそびれたお礼の言葉を捨て台詞のように言い残して、戸惑う男性を置き去りにその場を後にするのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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