第42話 闇魔術師を溺愛希望する2

「ちょともう、勘弁してよ。あなたたちの噂があっちこっちから聞こえてくるわよ」

「噂ですか?」

「いつでもどこでもイチャイチャしてるからじゃない」

「してますかね?」

「してるわね」

 カザーレンの屋敷に遊びに来てくれたリッツィ姉さんを私はフロー様のお母様ご自慢の温室に案内した。

 咲き誇る美しい花々が心を落ち着かせてくれる。

 リッツィ姉さんは時々友人としてカザーレンの屋敷にやってくる。

 頻繁なので時々フロー様が煙たがっているが、その行動すらリッツィ姉さんにとって新鮮らしく、いちいち感動している。

「あのフローサノベルドがさ、嫉妬丸出しで私に『もう少し屋敷にくるのは控えてくれないか』とか言うわけよ」

「ずいぶん人と接するようになったとは、私も思いますけど、そんな大げさな」

「ジャニスはわかってないのよ、あなたの偉大さが! ちょっと前なんか、誰が屋敷にこようとも追い返して終わりだったんだから。声すらかけないわよ」

「フロー様は私の友人には寛大ですからね……。そういえば相談があったんです」

「相談? なに? フローサノベルドがくっついてきて鬱陶しいとか?」

「くっつくのは私もですからお互い様です。そうではなくて、魔塔長様に改めてお礼に行きたいと思っていたのです。リッツィ姉さんから都合のいい日取りを聞いてもらえないですか?」

「ああ、そうなの。いいわよ。引き受けてあげる」


「ありがとうございます。それと、気になってたんですが、魔塔長ってフロー様のご両親と、その、親密だったのですか?」

「親密?」

「前にフロー様を交えて話をした時に、その、魔塔長様が泣いてらしたから」

「ん? ああ、そっか。ジャニスが知るわけないものね。フロー様のご両親はもともと魔塔長のお弟子さんだったのよ」

「え、お弟子さん?」

「そうそう。お父様のルート様もお母様のグローリア様もね。だから、思い入れが強いのだと思うわ」

「なるほど」

「特にグローリア様は闇魔術師の中では落ちこぼれって言われていたんだけど、ポルト様が自分の弟子にするって引き取ったの」

「えっ」

「もともと魔力は少なかったから、ほかの闇魔術師は歯牙にもかけなかったのよ」

「でも、この温室だって、あと、他にもいろいろすごいですよね?」

「器用だったから侯爵家のお嬢様じゃなかったらきっと魔道具専門のからくり師になったかもね。それもポルト様のところにいたから開花された才能だわ」

「へえ……」

「ルート様と結婚して闇魔術師をやめて侯爵夫人になってからはグローリア様なんてかしこまって呼んでいたけど、弟子時代は呼び捨てよ。最後の弟子だったし、グローリア様もルート様も家族に恵まれなかったからポルト様が親代わりみたいなものだったからね」

「では、ここはグローリア様のご実家なのですか?」

「そうよ。ルート様は入り婿なの。爵位がグローリア様の方が上だったから。お二人のご両親も早くに亡くなってしまっていたから同じ境遇同士、気が合ったのかもしれないって私の父は言っていたわ」

「では、フロー様が孤独にならなかったのは仲のいい親戚のおかげですね」

「……前にも言ったけど、へんくつ者が多いけど魔術師は横のつながりが濃いのよ」

 私がそう言うとリッツィ姉さんの顔が赤くなった。

 きっと親戚みんなでフロー様を心配してきたのだろう。

 ありがたいことだ。

「フローサノベルドがどう思っているかは知らないけど、私にとっては弟分だったの。……あいつ、全然懐かなかったけどね」

「ははっ」

「でも、本当に良かった」

 リッツィ姉さんが涙ぐみながら私の手を握った。

 それを見て心が温かくなりながら、もしかして魔術師といのはちょっと涙もろいのではないのだろうか、なんて思ってしまった。


「あ……」

 グローリア様が作った蝶がひらひらと私のところへやってきた。

 興味深そうにそれをリッツィ姉さんが眺めた。

「それが例の蝶なのね。……本物みたい」

「すごいですよね……」

「もうちょっと近くで見せて」

 そう言われて指にのった蝶をリッツィ姉さんの目の前に差し出す。

 けれど、彼女が近づくと、蝶は逃げるように飛んで行ってしまった。

「ム……。なにあれ。ジャニスにだけ懐いてフローサノベルドみたい」

「プッ……ちょっと、笑わさないでくださいよ」

 二人でケラケラと笑っていると温室の入り口からやってくる人物が見えた。

「フロー様!」

 私が彼を見つけて手を振ると、軽く手を振って返してくれた。

「おやおや……」

 それを見てリッツィ姉さんがニヤニヤする。


「またきていたんですか? 医局も暇なんですね」

 フロー様はリッツィ姉さんにそんなことを言う。

「花形の闇魔術師ほどは忙しくないのよね。最近は騎士団と連携して治安の向上にも努めているらしいじゃない」

「まあ、それなりに」

「なにが『まあ、それなりに』よ。アルベルト副団長とトリスタンに取り入りたいだけだったりして」

「ジャニスの大切な家族ですからね」

「ふうん。幸せそうでなによりよ」

「最近は私の兄たちもフロー様を褒めてばっかりですよ」

 私がリッツィ姉さんに教えると、彼女は面倒そうに目を細めた。

「……あなた達ってさ、よくお互いのことをそんなに褒めれるよね」

「褒めてなんか……本当のことです」

 私がそう言うとそばにきたフロー様が横からかがんで額にキスをしてきた。

 ちゅっ。

「ただいま」

「おかえりなさい、フロー様」

「ちょっ、やめてよ、わかった、帰る。帰るから」

「え、もう帰るんですか?」

「お帰りはうちの馬車をお使いください」

「当然でしょ!」

 フロー様が追い出すようにそう言って、リッツィ姉さんは呆れた顔で帰って行った。

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