第22話 偽りの一週間2

 コトリ、と音が聞こえてきて、しばらくすると階段を登る音がする。

 時計を見ると零時を回ったところだった。

 不思議に思っていたけど、どうしてこんなにフロー様の帰りって遅いのだろう。


 しかし、今はそれどころじゃない。

 フロー様が寝室に行ったら、行動を起こさなければならない。

 夢だと思っていたあの熱烈な行動……。


 数々のイメージはある。

 後は実行できるかどうかだ。

『ジャニス! 恥ずかしがってたら即バレよ!』リッツィ姉さんの叱咤が思い出される。

 どれだけ練習させられたか……。

 やるんだ。

 やらなければ。

 私はできる。


 パタン、とフロー様の寝室が締まる音を聞いて私はすぐさまそこへ向かった。

 フロー様の寝室のドアの前にきて確信する。

 彼はニッキーをくるのを待っているのだ。

 でなきゃドアの前のトラップ魔法が解かれているわけがない。


 躊躇していいる場合じゃない! 

 いざいかん!

「フロー! おかえりなさい!」

 バン、とドアを開けて一目散にフロー様のもとへ駆けつけると、心を無にしてフロー様に抱き着いた。

「ただいま、いいこにしていたかい?」

 甘い、フロー様の優しい声が聞こえてくる。

 私を抱き返してから、フロー様が私の頭を撫でた。

 その手の動きが愛情を伝えてくる。

「フローがいなくて寂しかったわ」

「……」

 あと、ニッキーはなんと言っていただろうか。

 ええと。

 ニッキーがそうしていたようにくっついているが、だんだん緊張して言葉が続かない。

 てか、顔が近い、体温が! 

 恥ずかしすぎる!


 なるべく見られないように顔を背けていたが、フロー様に優しく体を離された。

「ニッキー」

そうして私の顔を覗き込んできてしまう。

「は、……う、うん?」

 フロー様と目が合うと冷や汗がでる。

 赤い目は宝石みたいにきらめいていたが、まるで私を見定めているように思ってしまう。

 まさか、秒でバレた? 

 フロー様はクスリ、と笑ってからゆっくりと頬をこちらに差し出した。

 こ、こ、これは……知ってる! 

 ニッキーはキスをするのが好きなんだよね!


 あああああっ! ままよ!

 ちゅっ、ちゅっ、と何回も軽くキスをして顔が見られないよう方に顔をうずめた。

 お願いだから、もう許してください。

 これ以上私にはムリ! 

 ムリなのぉおおおお!


「どうしたんだい? 恥ずかしがって」

 そんな私の頭をフロー様がポンポンと叩く。

 やめてくれーっ! 惚れちゃうから―!

 心臓はバクバクで、もう顔も真っ赤だ。

 でも、気取られてはいけない。

 いけないからぁ!


「愛してるよ」

 蕩ける甘い声。

 全身の血が頭に上ってしまった気がする。

 ここで愛してるって……。

 心臓が止まるかも。


「え、ええと、あの、う、うん! 私もフローが世界一大好き!」

 誤魔化すように答えて、声が少し裏返ってしまった。

 へ、変だった?

 ちらりと目だけ動かしてフロー様を見るとにっこりと笑っていた。

 ふ、ふう。

 バレてない。


「……今日はこのまま一緒にベッドで寝ようか」

「うっ……うれしい……」

「ニッキー? ほら、もっとしっかりつかまって」

 腕をフロー様の首の後ろに回すように誘導されて、慌ててしがみついた。

「フローと眠れるなんて素敵!」

 こんな時ニッキーはこう言っていたはず。


 フロー様に持ち上げられるとそのままベッドに運ばれた。

 パーティの時も思ったけれど、軽々と私を運べるんだよね……。

 なんだか的外れなところに感心してしまう。

 だってそんなに筋肉質ってわけじゃないのに、体がしっかりしてるっていうか。

 その、男の人なんだなって思ってしまう。

 そうしてフカフカのベッドに一緒に横たわった。

 フロー様の腕の中に閉じ込められてなすすべもなく固まってしまう。


「君が優しい子だって、僕は知っている。ますます大好きだよ」

「わ、私も大好きよ」

 かろうじて答えるとフロー様の体が揺れていて、見上げると楽しそうに笑っていた。

 こんなに嬉しそうに笑うフロー様は初めて見た。

 零れるような笑顔に、一時みとれてしまった。


「大好きだって言ってもらえて嬉しい」

「……」

 そのままギュッと抱きしめられて、ぐりぐりと頭に頬で擦られてから額にキスをされた。

 ドキドキして、今まで感じたことのないようなフワフワした感覚に戸惑う。


 嬉しそうなフロー様。

 幸せそうなフロー様はなんてキラキラして素敵なのだろう。

 ずっとこのままこの腕の中に包まれていたい。

 胸がきゅうっとなって、今すぐ大好きだと訴えたくなってしまいそう。

 これは、ニッキーの気持ちと同調しているのだろうか。


 どうしていいかわからない感情を持て余していると、フロー様の後ろにニッキーの肖像画が見えた。

 はっとして、自分がニッキーのふりをしていることを肝に銘じた。


 勘違いして、ドキドキして。

 でもどうしようもなく胸がしめつけられる。


 甘い、ニッキーである時間。 

 私では味わえないだろう幸せな感覚。


 こんな姿を見せられて、フロー様のニッキーへの想いに泣きそうになった。




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