第13話 グリムライ王国の蜂とプロポーズ

 そうして私はパーティの最中ずっとフロー様の周りを警戒していた。

 危惧していたことは王様にご挨拶してから階段を下りて広間に戻る一瞬の隙に起こった。

「フローサノベルド様! お待ちください。ずっと父に頼んでパートナーをお願いしていましたのに、どうしてそんな女性をお選びになったのですか?」

 声を掛けてきたのは第二王女のメイジー様であった。

 王女様からの問いにそれが階段の途中だったとしても無視はできない。

 幸い次の来賓が王様のところへ向かっていたので失礼にもならないだろう。

 フロー様もそう思ったのか、護衛を引き連れた彼女を廊下側へと誘導した。


「彼女は『そんな女性』ではありません。言動の取り消しを」

 立ち止まってメイジー様と向き直ったフロー様はどうでもいいことを言った主張する。

 そんなことを言われるとは思っていなかったのかメイジー様があっけにとられた顔をしてフロー様を眺めた。

 私も驚きである。

 その時、私にはメイジー様のむこうの茂みからきらりと光るものが見えた。


「伏せて!」

 二人を守るようスカートを広げる。


 バシュッ

 バシュッ

 バシュッ


 おお、上等な布は一味違う。

 スカートの生地に三本の短い矢が食い止められていた。

 危ない危ない、内側のパニエが無かったらもう少しで貫通していたかもしれない。


「な、なに……」

 何が起ったのか分からなかったメイジー様が標的にならないように姿勢を低くもっていく。

 同時に申し訳ないが太ももに隠していたダガーで矢のついたドレスを引き裂いた。

 はあ、トイレで装着してきて正解だった。


 ビリリリリリッ

「お二人とも、そのまま姿勢は低くしていらしてください。大丈夫です。賊は私がきちんと取り押さえますから」

 靴を脱ぎ去って、ひらりと廊下から下に降りると心配したフロー様が上から覗いていた。

「ジャニス!」

「フロー様、そちらの方が明るいので不利です。また狙われないよう、そのまま待っていてください」

 上にいるフロー様に声を掛けてから人影が動く方に素早く移動する。

 申し訳ないが、私は忍び込んだお前たちよりも城の隅々まで詳しいのだ。

 先回りし、賊の目の前に立ち塞がると賊は三人いたようだった。

三人とも覆面をして、武器は弓を持っていた。

至近距離なら私のダガーが有利だ。


「な、なんなんだ!」

「フローサノベルドが女の護衛をつけているなんて!」

 狙いはフロー様だったようだ。

 後方からもメイジー様の騎士たちがこちらに向かってくる。

 三人は私を相手した方が楽だと判断したらしく、こちらに向かってきた。


「このっ!」

 一人目の拳を体を低くして交わしてからダガーでアキレス腱を狙って刃を滑らせた。

ブシャアアアッ

 おお、ミスリル、切れ味がちがう。

「ぐああああああっ!」

 足首から血しぶきを上げた一人目の男が倒れると二人目が私を掴もうと腕を伸ばした。

「なんだ、お前は腕を落として欲しかったのか?」

 容赦なくダガーを降ろすと男は何が起こったのか分からなかったようだ。

 もう一人の男は……後からきていた兄さんに捕まえられていた。


「ジャニス! 無事か?」

「アルベルト兄さん」

「おま、相変わらず、えげつないな」

ダガーを持って立っていた私に兄がそんなことを言う。

的確に処理しただけなのに失礼な。

「酷い言われようですね。王家主催のパーティに紛れたネズミを逃がさないようにしただけです。……ちょっと汚してしまいましたが」

「はあ。血まみれだけど、それ、お前の血じゃないな」

「このダガー、うっとりするような切れ味です」


「ジャニス!」

 そこで飛び出てきたフロー様に抱きしめられた。

「あ、あの、フロー様はもうちょっと隠れていた方が……」

「僕を守るために危ないことをするなんて! 僕が闇魔法使いだって忘れたのか!?」

「それは、知っていますが、王城で闇魔法を使うのはご法度ですし」

「血まみれじゃないか。怪我をしたのか? すぐに見せなさい。治療するから!」

「いえ、これは返り血なので私は無傷です。あの、血がつきますから、フロー様……」

 私の無事を確認しようとフロー様の手が体を這う方が問題だ!

「いいか、ジャニス、闇魔法でも僕は防御魔法も使えるんだ。だから、次からは絶対に僕を守ろうとしなくていい。そんなことより、僕に守らせてくれ」

「ええと」

「ジャニス!」

「わ、わかりました。わかりましたから……」

「君まで僕の前から消えたりしたら……」


 返り血がついてしまうので(いや、もう手遅れだけど)フロー様を引きはがしたいのだけど、震えながら抱きしめてくる彼を拒否できなかった。

 でも、視線が痛い。

 特にアルベルト兄さんの視線が……。

「ゴホン、その、カザーレン様、妹は今あられもない姿ですので、早急に着替えさせてやって欲しいのですが」

 その言葉でハッとしたフロー様が自分のマントをサッと脱いで私を包んだ。

え、ちょ、ちょっと! 

 そうして膝裏に腕を入れると私をまさかのお姫様抱っこしたのだ。


 や、やめて!

 女の子扱い! 

 慣れてないから!


「ジャニスは落ち着くまで僕の屋敷で引き受ける。あとの犯人の処理はよろしく頼む」

「え……は?」

「では、失礼」

「いや、まて、妹は未婚なんだ! 貴方の屋敷に連れて行ったらなんと言われるか!」

「なんと言われると? 命を張って王女様と僕を守った彼女が?」

「いや、しかし!」


「ちょうどいい。ここで宣言いたしましょう。フローサノベルド=カザーレンはジャニス=ローズブレイド嬢に正式に求婚する!」

「は?」

「え?」

 い、色々おかしい! おかしいから!

 もうお姫様抱っこだけで恥ずかしくて死にそうなのに、何を言い出したんだ! 

 アワアワしながら顔を隠していた両手のすき間からみると案の定アルベルト兄さんが史上最大のアホ面をして私を見ていた。


「お、降ろしてください……」

「ジャニス……僕の命の恩人……愛している」

「お、恩人!? いやそれよりも……あ、あ?」

 愛しているって!? マジか!?

 思っていたより力強い腕に抱えられて私はそのまま運ばれてしまう。

 せめて、会場を横切るのだけはやめてくれ! 


 あああーっ。


 ――心の叫び虚しく、フロー様のマントに包まった私は大勢の招待客の前で抱えられて移動した。

 しかし、なによりも私はフロー様の『愛している』の言葉に混乱して何も考えることができなかった。

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