第3話 任務はお手柔らかに2

「三日後に出発か……」


 ダガーくらい貰わないとやってられない任務である。

 しかもあの超エリート闇魔術師とモテモテのリッツィ姉さんの恋の邪魔とか、アルベルト兄さんもなにを考えているんだか。

 大方騎士団の連中にヤイヤイ言われているのだろう。

 そもそも、魔塔にいる闇魔術師と騎士団の関係はあまりよくない。

 私のようなペーペーの騎士が面目だけで調査について行ってもいい顔されるわけがなかった。


 常日頃から魔塔にいる闇魔術師たちは騎士団の連中を『筋肉バカ』だと思っているし、騎士団の連中は闇魔術師たちをヒョロヒョロした『偏屈ヤロウ』と思っている。


 面と向かって罵り合うようなことはないが、お互い自分にないものを羨ましく思うあまりに一周回ってひねくれてしまったような関係である。


 その昔、世界に魔物が溢れていたころは、騎士たちは最前線で魔物をやっつけ、闇魔術師は後方支援を行うのが役目であった。

 大きな魔物の場合は闇魔術師たちが大魔法を放つために魔法陣を構築するまでの時間稼ぎを騎士たちがすることだってあり、お互い協力し合っていたと聞く。

 

 しかし時代は変わり、魔物も山奥にでも行かない限り滅多に出ない。

 平和となった今、闇魔術師たちは魔塔に籠って、小さな細々とした日用品である魔法道具を作り、騎士たちは街や城の治安に精を出し、偶にどこかで増えて困った魔物やドラゴンを討伐しに行くくらいである。

 よって闇魔術師と騎士との交流など、近年では年二回の合同演習だけになっていた。


 カザーレン様……王家とも遠縁の侯爵家でもあり、稀代の天才闇魔術師と言われている。

 闇魔術師という立場の方が目立つがご両親は亡くなっており、現当主でもある。


 魔力は魔塔長をもしのぐ量で大陸一である。

 そして彼はなんと魔塔の長、筆頭魔術師しか使えない闇魔術を駆使した治癒魔法も使えると噂だ。

 魔術のどの方面でも秀でていて、まだ二十五歳というのにいずれは魔塔長になるのは間違いないと誰もが口にしていた。

 

 そんな富と権力を持っているのに加えて超美男子である。

 すこし癖のある黒髪に宝石のように赤い瞳、中世的でありながら独特の色香があると評判だ。

 そんじょそこらの美少女くらいでは太刀打ちできない美しい人である。

 ――とは誰の言葉だったか。


「ジャニス‼ ねえ、西の森の調査に抜擢されたってホント!? しかも、あのフローサノベルド=カザーレン様とご一緒できるって」

 食堂で芋をつついていると、ふいに現れた騎士仲間のカメリアを見て、情報源は彼女であったことを思い出した。


「フ、フロ……よくそんな長い名前覚えれるね……でも知っているってことは、みんなで私が行くことを仕組んだの?」

「はは。先輩たちはリッツィ姉さんが取られないか心配でしょうがないんだよ」

「はあ、くだらない。くっつこうがどうしようが私には関係ない」


「まあまあ、腕っぷしがいいジャニスが適任だからさ。でも、いいなぁ~! エリート闇魔術師でお金持ちの侯爵様で、美男子のカザーレン様だよ! 世の女の子の憧れの人だよぉ、はあー、私も近くでお目にかかりたい」

「それなら、代わりに行けば?」

「あ、いやー……それは無理っていうか。ほら、私が行ったら私のファンが可哀そうだし、ね?」

「ファンがいたとは初耳だけど。憧れのカザーレン様とお近づきになるチャンスじゃない」


「絶世の美男子は眺めているだけがいいんだよ。それにカザーレン様は愛の告白をしたご令嬢の手紙を目の前で灰にした、なんて話もあって背筋も凍るんだから」

「え、そんなに怖い人なの?」

「人嫌いで有名だよ。社交パーティだって、王家主催のしか出ないことで有名だもん。しかも挨拶したらすぐ帰るらしいし」

「ふーん」


 それなら煩わしいこともなさそうだ。

 調査してさっさと帰ることができそう。

 調査に連れていかれるペーペーの騎士は魔術師に使いっぱしりにされて、やれ『マッサージしろ』『あれを食べたい』などの要望に応えてへとへとになって帰ってくるのが通例だと聞いている。


「あ、でも最近は特にピリピリしているらしいよ。なんでも愛犬を亡くされたんだって。毎晩ベッドで寝かせるほど可愛がっていたらしくて、その落ち込みようったらなかったらしいよ。それこそ、二カ月くらい魔塔にも出勤できないくらい」

「出勤できないって……そんなにショックなほど可愛がってたの」

「闇魔術師を辞めるとまで言ったらしいよ……だから、その話題は絶対にしない方がいいよ」

「了解。……ん? 今は西の森の調査に行くくらい元気になったってこと?」

「ああ、うん。なんて言っていたかなぁ。愛犬がなくなってから三カ月くらい経つんだけど、一カ月前くらいから少しずつ元気になったらしいよ」

「へえ」

 可愛がっていた愛犬が亡くなって……気の毒に。

 犬の話題は出さないように気をつけよう。


「また何か情報があったら教えて。なるべく穏便に任務に当たりたいから。医局に行って薬をもらってくるついでにリッツィ姉さんに会ってくるよ」

「うん。任務中の話、後で聞かせてね」

「……まだ出発もしていないのに気が早すぎるよ」

 お皿に残っていた芋を食べてから食堂を後にした。……やっぱりあの芋苦手。

 次からは入ってないか確認してからメニューを選ぶことにしよう。


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