《即死魔法》はやっぱり疎まれる

「とりあえず……今日の換金を済ませないとな。」




 カタリーに散々貶された後、彼女が訪れたのは冒険者の集う酒場、ギルドである。名前の通り冒険者を冒険者足らしめる場所であり、名簿登録から依頼受注に報酬授与や換金まで、彼らが生きていくのに必要な一通りの事を行うための場所である。



「うわ、【蒼の鎌】だ。離れとけよ。」


「あまり近づくと魔力が腐るんだってさ。」


「なにそれ怖い、ギルドも早く追放しなよ。」



 酒場のテーブルの辺りから、明らか彼女に聞こえるような大きさのひそひそ声という名の悪口が響き渡る。どうやら彼女は悪い意味でかなり有名になってしまっているらしい。


(何とでも言え...)



 フェイはそんな周囲の声など気にも留めず、足早にギルドのカウンターへと進んでいった。


「お疲れ様。《蒼の鎌》のフェイちゃん。」


「その名前で呼ぶのは勘弁だよ……アルニィ。」



 そんな状況でも笑顔でフェイを迎えるのは、アグタールのギルドの受付を勤める茶髪の女の子、アルニィだった。彼女の身長はフェイより低く、虎の身体に蛇の尻尾と翼の付いた生き物が描かれた紋章が胸に付いた軍服のようなものに身を包んでいる。




「まるで大鎌のような、大胆かつしなやかで、そして縦横無尽な動きで即死魔法を操る蒼髪の死神。後発組からは密かに憧れを抱かれる存在なんだよ、フェイちゃん。」


「別に褒めたって何も出やしないよ。恥ずかしいし、これ以上目立ちたかぁない。」




 アルニィも《蒼の鎌》と呼ばれて馬鹿にされている彼女のことはよく知っている。それでも彼女はフェイの事を馬鹿にすることなくこうして出迎えているのだ。彼女のべた褒めにフェイは顔を赤くしたが、そそくさと態度を戻し淡々と用件を伝える。




「これの換金を頼みたいんだけど、空いてる?」



 フェイがそう言ってバッグから取り出したのは、両手に抱えるくらいの大きさの白い兎だった。額に小さな灰色の角がある以外に特に大きな特徴はない。




「これはDランクモンスターの幻眼兎アイルミラージュだね。いつも思うけど、こんな綺麗な状態で持ってくるなんて手際良いよね。もしかしたら五十ケテルくらいにはなるんじゃないかな。」



「五十ケテル……?そんなに?」



 アルニィによると、この兎も《アイルミラージュ》というれっきとしたモンスターなのだそう。



 小さな角による攻撃も大したダメージにならず、きちんと装備を整えた冒険者ならまず苦戦することはないが、幻眼という名の通りこの目を直視した相手に低度の幻惑魔法を掛けるためにDランクモンスターとして扱われている。



 だがそれよりも、フェイは提示された金額に驚いているようだった。この街の通貨はケテルであり、家賃を除くごくごく最低限の生活をするなら一日一桁台で足りるとも言われている。この兎一匹でここまで稼げるのなら苦労しないと彼女ば馬鹿にされてなお、このギルドでひっそりと生活しているのである。



「その様子だと、スタイルを変えるつもりなんて更々ないんでしょ?」


「変えるもなにも、ここまで広まったら意味なくない?」



「まあ一理あるけど……ただでさえ煙たがられてるんだから外では気を付けなさいよ?」


「ん、頑張る。」



 アルニィの心配を適当に流してフェイは査定結果を待っていた。勿論フェイも自分がどれだけ大きな爆弾を抱えているかはある程度自覚している、というのも彼女が《即死魔法》に重きをおいて活動している《魔術師》であることに問題があったのだ。



 数ある役職ジョブの一つである《魔術師》はその名の通り魔法を主体に戦う役職である。主に操る属性は七つあるとされ、



 炎に適正のある火炎属性、



 氷と水を自在に操り変化させる凍水属性、



 風を操り時に自然を味方にする風翠属性、



 雷を落として衝撃を与えたりする弩雷属性、



 聖なる光で魔を浄化する光輝属性、



 魔の力で相手をねじ伏せる紫闇属性、そして無属性である。



 フェイの適正は無属性であるが、無属性といっても二つのパターンがあり一つは文字通りどの属性にも適正のなかった魔法を扱えないパターン。





 そしてもう一つは、魔力の源となる気質を殺し文字通りの無属性となるパターンなのだ。フェイは魔法を扱える為に必然と後者になり、周囲を巻き込む即死魔法に味を占めているためこうして嫌われている。



「それにしても即死魔法を好き好んで使うなんて、魔術師からしたら卒倒する事態じゃない?」



「好き好むも何も、私にはこれしかないと思っただけ。大体...即死魔法なんて習得した時点で、普通の魔術師はショックで卒倒するでしょ。」



 フェイが言うように魔法を扱う者にとって即死魔法はよく思われてないどころか最早邪道に近い存在である。



即死魔法の原理は掛けた相手の魔力気管、生命線を特有の魔力によって腐食させて文字通り殺す魔法であり、分類としては掛ければ掛けるほど成功率も大きく上がる状態異常の魔法に近い。



 だがモンスターの中には即死に耐性を持つものも多く、掛けるだけ無駄に終わる場合と、掛けすぎた結果死体を通り越して白骨化してしまい、素材を回収できない場合もある。その点今回のアイルミラージュの場合なら大成功であると言っていいだろう。



 だが問題はそこではなく、前述した通り即死魔法は周囲の気質、所謂魔法を放つための魔力やその加護を殺すことにある。



 要するに彼女が即死魔法を放つだけで魔力が枯渇する事態になることもあり得るのだ。更に彼女達の会話にもあったように、即死魔法を習得しただけで魔術師の成長そのものが大きく削がれることになる。



即死魔法を習得するということは、術者本人が持つ魔力や魔法の適正である素質が大きく損なわれるということと同義であり、高位の魔術師である彼女達は是が非でも即死魔法を覚えない、もしくは万が一習得してしまったとしても絶対に使うものかという彼女達なりの暗黙のルールのようなものがあった。



 しかしながらルールを熟知していない新米の冒険者はそうも言ってられず、フェイのように成り立ての頃から即死魔法を習得してしまったというパターンも稀にある。更に初心者集いのパーティだと即死に耐性のない雑魚モンスターを相手取ることから知らぬ間に即死魔法を常用させてしまうなんてこともある。



 習得するだけで害だと言われる即死魔法を使っている魔術師の扱いなど言わずもがな悲惨なものであり、パーティに入れるなんてとんでもないとはね除けられてしまうのが世の常である。



 最悪即死魔法を使うような魔術師をパーティに入れる集団なのだと広められればパーティの価値は底辺にまで落ちる。フェイが先程のように面接を受けたのも、優しいと評判なパーティであったことによる微かな希望を抱いてのことだ。



 元より期待などしてはいなかったが、結果は散々だった。




 ─彼女が即死魔法使いであるというだけでこの扱いようである。それは最早一種の差別とも取れるだろう。




「はい、査定済んだよ。物凄い綺麗なモノだから剥製に出来るし魔核も淀んでないって!報酬の五十五ケテルね!」



 アルニィが硬貨の入った袋をフェイに手渡し、自分のことのように喜んでそう言った。フェイも自分の頑張りが認められているような気がして軽く笑みを溢す。



「……そうだ!どうせステータス測ってないんでしょ?なんならここで測ってきちゃいなよ!!」


「……えっ!?」



 アルニィの突然の言葉に、フェイはすっとんきょうな声を上げた。

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