第27話 重たい
「ママがふたり!?」
公園で出会った男の子は「ただいま」よりも先にソファーで横になっている本物のママとダンボールを開封している偽物のママを見て絶叫した。さっきスマホの時計を見つつ時間を合わせてから壁に掛けた掛け時計を見やれば、もう五時になっている。宣言通り五時に帰ってきたってことね。
つまり、この子は
表札の名前は篠原だった。
十文字は芸名かなんかかな。もしくは旧姓とか?
「我は安藤モアだぞ! ――少年、先程は騙してしまったな。許すがよい」
モアが本名を明かす。いや、本名じゃあない。本名はアンゴルモア。
まあ、アンゴルモアと名乗っても「外国人?」ってなるだろうし、安藤モアにしておくのが無難っちゃ無難か。
「ドッペルゲンガー?」
難しいことを知ってんな。
いくつなのか知らないけど。
「ふむ?」
モアには意味が伝わっていない。怪訝な顔をしているので、モアに「そういう超常現象が地球にはあってさ。自分のそっくりさんが自分の意志と関係なくふらふらする、生き霊みたいなものだよ」と解説してやる。
「我は十文字零さんの姿形を〝コズミックパワー〟でコピーした宇宙人だぞ!」
人間になりたい宇宙人は、人間にはなりたいが宇宙人である自分に誇りはある。相反する気持ちが同居しているようで、自ら進んで宇宙人と名乗っている姿は久しぶりに見たかもしれない。
とはいえ変身以外の〝コズミックパワー〟は俺への嫌がらせにしか使われていないような気がしなくもないな。パスワードを暴かれたり、家に閉じ込められたりさ。
「ウチュウジン……?」
少年には刺激が強かったようで、口を魚みたいにパクパクさせている。
そういうのは噛み砕いて一単語ずつ教えていかないと。
別にモアが宇宙人ってのは広めなくていいよな。本来ならさ。
おばあさまは映画マニアで宇宙人に対して好意的だったからよかったけど、初対面の女の人が宇宙人を名乗ってきたら普通は頭のおかしい人だと思われてしまう。俺だって逃げようとしたじゃん。おばあさまが特殊なんだよ。
今回はたまたま、運悪く?
原本というか、モデルになった人が隣に引っ越してきちゃったからさ。
これからもご近所付き合いしていくんなら、出自からちゃんと言っておかないと周りにも迷惑がかかるだろ。
ならば、こっちの姿を変えればいいんじゃあないか。
俺は「モア、別の人間に変身できないの?」と提案する。
モアは左右の手の人差し指をくっつけたり離したりしながら「できるといえば、できる……」と言い淀んだ。
この人差し指をくっつけたり離したりの動きは、あまり気の進まないことを言われたり言いづらいことがあったりするときのクセ。たまによく見る。
「というか、モアはどうして今の姿を選んだのさ」
俺がスマホを貸して、画像検索してテキトーにスクロールしてから選んだっぽかったけども。
テキトーに選ぶんだとしたら上のほうにしない?
いやまあ、モアの『ものすごく遠い星』ではラッキーナンバーがあって、その数字を選んだほうがいいみたいなのあるのかもしれない。
買ったばかりのスマホを床に叩きつけるような星だからさ。そういう文化があるのかも。ほら、4は不吉な数字とか8は末広がりで縁起がいいとか言うじゃん。それの『ものすごく遠い星』バージョン。
「タクミと似ていたからだぞ!」
「俺と?」
ないでしょ。
なんか前も俺と誰かが似ているみたいな話をされたな……五代さんからだっけか。その時は妹と似ているって言われた。モデルをやっているっていう。
鏡を見たほうがいいよ。
よく拭いてからさ。
俺はそんな美形じゃあないし。
「なんというか、……うまい言葉が出てこないが、空気感とか雰囲気とか。パッと見たときに『この人しかいない!』と我は、初めてタクミに出会ったときと同じ衝撃を受けたのだぞ」
ああ、1999年の7の月の。
運命を感じた、赤い糸がどうのの。
「褒めすぎでしょ」
恋は盲目だとか、あばたもえくぼだとか。
十文字零さんご本人を見てみろよ。
寝顔だけど。
俺とこの人とどこが似てるって?
無意識に指が自分の頬を触れてしまう。
傷跡が残らないぐらいの力加減で、爪を立てる。
「ボクは似てないと思います!」
やめた。
……客観的に見てそうらしいじゃん。
男の子は「ママはママで、安藤さんは安藤さんです!」と言ってくれた。いいよいいよ。その通り。
「うむ。我のことはモアと呼ぶがいい」
「モアさん!」
モアはすっかり気を良くして「ふんふん」と鼻を鳴らしている。
友だちが増えてよかったね。
「少年の名は?」
「
世界一有名な配管工の名前だ。
学校でいじめら――そもそも小学生じゃあなさそうだよな。
小学生なら教科書の詰まっているダンボールやランドセルがあるはずだけど、なかったし。
「……うぅん」
こんなやりとりをしていたら寝かしていた十文字零さんがようやく目を覚ました。だいぶ熟睡してたな。疲れてんのかも。
俺たちが声をかけるなり「キュゥ」と真後ろに倒れてしまった。アスファルトに頭打ってなきゃいいけど。
仕方なく俺が抱き上げ、既にリビングにセットしてあったソファーまで運ぶ。仕方なくだから。やりたくてやったわけじゃあないよ。モアがそっくりさんすぎて気絶してしまったっぽいし。俺たちのせいじゃん?
それこそドッペルゲンガーだと思われたんだと思う。
ドッペルゲンガーに二回会うと死ぬらしいからさ。
「我もタクミにお姫様抱っこされたいぞ!」
人んちで地団駄を踏むな。
ふくれっ面で俺を見るので「はいはい」と買い物の荷物は人んちのフローリングに置かせていただいてもう一回抱き上げる羽目にあった。モアのほうが重い。ずっしりしている。多分じゃなくて絶対に食べ過ぎ。
「おろしていいぞ」
「あ、そう」
早いな。そんなちょっとでいいのか。なぜだかしょぼくれている。服の上からおなかを摘んでいるので、本人にも思うところはあるのかも。
いや俺、重いとは言ってないけど?
まあ、――と、いう経緯があって。
俺たちのせいで引っ越し作業を滞らせてしまったから、買い物の荷物はさっさと家に届けて荷解きの手伝いをしていた。
どこにどれを置けばいいか、指示書があったおかげでいい感じに進めることはできたよ。あとで「人んちの荷物を勝手に触るな」って怒られたらどうしような。倒れるほうが悪くない?
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