売り子の私は嫌いですか。
石油王
第1話
深山美玖(みやまみく)——。都内の有名私立高に通う優等生。内定点の高さから無事、志望校に推薦で合格。来年の春から夢のキャンパスライフが始まる——とは言っても、生まれてこの方、彼氏どころか友達すらできたことがないので、きっと大学でも今まで通り孤独に過ごすだろう。
私は見た目が地味だし、おめかししてもとびっきり美人で可愛くなるわけではない。性格も別に良いわけでもないし、勉強も運動も人並み以上の努力をしないと一向に上達しない。スタイルの良さが唯一の取り柄だが、それ以外は凡人レベル。下手したら、凡人以下——。
高三にとっては勝負の季節である秋。空が黄昏色に染まる放課後。他の生徒が学校や予備校でヒーヒー言いながら勉強している中、早々に合格通知を貰った私は吞気に家で過ごす。
「よし!」
両親も妹も今日は家に誰もいない日。一応、玄関の靴を確認したあと、自室の扉を閉め、鍵も閉める。
「早速、仕事しますか……」
そそくさとタンスから大量の下着を取り出し、床に並べる。無地の控え目なものから布面積が少ない派手なものまで種類は幅広い。
下着を並べ終えた後は、順番にスマホで写真を撮っていく。表面についたシミまで鮮明に映るようにカーテンで光を調整する。
「これで一週間分、全部撮ったかな」
撮り終えた下着は丁寧に一枚ずつ、透明な袋に詰めていく。全部、詰め終えた後は再びスマホを手に取り、裏垢のアカウントでツイッターを開く。裏垢の名前は適当につけた“みー@”。アカウントが凍結され過ぎてフォロワーは30人。トプ画は自分の下半身(下着姿)だけを映した写真。ちなみにこの写真に映る下着はもう私の手元にはない。
プロフィールは簡単。「来年の春、卒業予定のJK。17歳/158㎝/45㎏/D。彼氏いない歴=年齢(処女)。私のブラとパンツが欲しい人DMでおねしゃす! 先送りはやっていません。 フリマアプリで手数料、送料は自己負担で♡」——。全然、簡単じゃないか。
「うわっ、今日もDMめっちゃ来てんな~」
DMを見る前に、まずは今撮った写真をアップする。写真とともに「一週間ぐらい洗わず、放置したものです。買ってくださる人いますか」とツイートを添える。我ながらバカ過ぎるツイートに毎回毎回、笑いが込み上げる。
「はぁ、DM見るか……」
深いため息とともに封筒アイコンのタブを開く。この時間が一番、憂鬱だ。
「はいはい。いつも通りどれもこれもキモいのばっか」
「排〇物つきのパンツが欲しい」とか「僕が作ったアップページにオナ動画アップするのは無理ですか?」とかDMの内容はほとんどが怪文書地味てて気持ち悪い。彼女できたことないヤツらがワガママ言うな。お前らは大人しく私の下着で満足しとけ、と心の中で不満を漏らす――。
もう分かって人もいるだろうが、私は家族には内緒で下着の"売り子"をやっている。ツイッター上での売り子とは自分が身につけていた衣服や下着など売ったり、時にはエッチな動画や写真を売ったりして金を稼いでいる人間のことを指す。若い女性という特権があれば基本的にどんな所有物でも言い値で販売することができ、楽に金を稼ぐことができる。私は売り子になってまだ半年しか経ってないのに、100万も稼ぐことに成功した。ただ自分の下着を売るだけでこんなに稼げるなんて夢のようだ。
噂によれば金に貪欲な女は自分の唾液や排〇物を売ったり、買い手と直接会って手渡しする企画を実行しているらしい。世の中にはとんでもない猛者がいるもんだ。当然、私はそんなことする勇気はない。これからも変にリスクを冒さず、ひっそりと下着を販売して稼ぐつもりだ。
「また、この人か……」
トップ画がピンクの髪の女の子(二次元)の男性。この人は毎日、私のDMに「お前の住所特定したから凸る」とか「今、お前ん家の前にいる」とか犯罪臭が漂うメッセを送ってくる。今日は「お前の学校を特定したぞ」とDMが送られてきた。文言だけだと本当に特定したのか分からない。特定した証拠として家とか学校とかの写真を送ってもらわないと信じられない。多少、恐怖はあるものの今の所、実害はなさそうだから誰にも相談せずそのまま放置している。
私はそっとツイッターを閉じ、スマホを持ったままベッドに仰向けになって倒れる。
「ああ、これが私の青春かよ……」
高校三年間で唯一、青春を謳歌してると思えたのが売り子での金稼ぎとか終わってるだろ。体育祭とか文化祭とか部活動とかで何か良い思い出はなかっただろうか――。今まで歩んできた学校生活の記憶を蘇らせようとしたが、残酷過ぎるので途中で諦めた。
なんとなく本垢の方を開き、下にスクロールしながら今日のトレンドを追う。
「美玖」
ドア越しに私の名前を呼ぶ声。私はベッドから飛び上がり、謎に構える。
「おい、早く開けろ」
ドアを激しくノックし、ドアノブをガチャガチャして必要以上に煽り立てる。一瞬、不法侵入者かと身構えたが、機嫌の悪そうな声音で“アイツ”だと気付く。
「はいはい」
私は小走りでドアの鍵を開けてやる。鍵を開けたと同時に勢い良くドアが開かれた。
「美和、あんま音立てないで。近所迷惑だから」
「アンタがいちいち、自分の部屋に鍵閉めんのが悪いんでしょ」
偉そうに腕を組んで仁王立ちし、鋭い目つきで私のことを睨んでくる目の前の金髪ギャル——コイツは私の双子の妹、美和(みわ)だ。双子とはいえ私より美和の方が華があり、容姿は似ても似つかない。性格も明るく、友達が百人いるような陽キャ。なおかつ部活の成績も勉強の成績も完璧で常に学年トップを陣取っている勝ち組中の勝ち組。私はそんな美和と姉妹だからといっていつも比べられることが多く、無能な自分にコンプレックスを抱くようになった。
同じ腹の中から生まれてきたはずなのに住む世界が全く違う私たち姉妹は常にギスギスしておりお互い、口を効かないのがほとんどだ。
「美和から声掛けて来るなんて珍しい。私になんか用?」
「アンタさ、裏あ——いや、用っていうか、なんというか……」
美和は何か言うとしたみたいだが、途中でゴニョゴニョと口ごもる。
「用無いなら、話しかけないで。じゃあ——」
「ちょっと待って‼」
ドアを閉めようとしたら、美和が慌てた様子でドアノブを掴む。
「ねぇ、あのパンツはなに?」
「は?」
「そこに転がってるヤツ」
美和はドアの隙間から不自然に袋に閉じられた下着を指差す。コイツ、意外と目聡いな。
「明日の燃えるゴミに出すヤツ」
私はそう咄嗟に噓を吐いた。美和はどこか腑に落ちない表情を浮かべ、小首を傾げる。
「——あっそ」
取り敢えず、納得してもらえたようだ。美和はゆっくりドアノブから手を離す。
「ん?」
私はここでふと、美和の口の端にある擦り傷に目が行く。
「その口の傷、どうしたの?」
「アンタには関係ない!!」
バタンッとドアを強く閉められた。学校でクラスメイトとヤンチャでもしたのか。
窓の外から聞こえてくるパトカーのサイレンがなんか不吉だ。
「ま、関係ないって言われたし、心配する必要はないか……」
ベッド下に転がっていったスマホを拾い上げ、画面を開く。
「おっ、またDM来てる」
裏垢の方に通知が届く。早々、買い手が現れたか。
『こんにちはー。今日アップされた写真のパンツ全部欲しいです!!』
DMの相手は花の百合をトプ画にしている"世話焼きの妹"さんだ。この人は私の下着をまとめ買いする太客。売り子に集る変態にしては珍しくDMでセクハラ発言をして来ない良質な客だ。
早速、世話焼きの妹さんに返信を送る。
『こんにちはー。じゃあ、世話焼きの妹さんのフリマに専用出品しますね』
『いや、今回は手渡しでお願いします』
うん? 手渡し――?
即返信は届いたが、内容の理解がワンテンポ遅れる。
『すみません。手渡しは無理です』
『そこをなんとか』
彼を良質な客だと油断していたが、どうやら勘違いだったようだ。
『直接会わないと無理ならこの取引は遠慮させて頂きます』
『分りました。なら明日、貴方の家に行きます』
『はい?』
『貴方の住所は既に特定されています』
『ここですよね?』と正面から我が家を映した写真が送られてきた。
私は恐怖のあまり反射的にスマホを壁に投げつけ、その場で丸く蹲る。
『明日の正午。××公園でお待ちしています。もし、来なかったら家に行きますからね――』
体の震えが止まらない。勝手に待ち合わせ場所と日時を決められ、一方的に会話が終了する。
家族や警察に相談しようか考えたが自分が売り子であることがバレると色々困る。ここは大人しくヤツの指示に従うしかないか――。
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