第15話 流氷
もう、これ以上続く、労いを口には出来ない。
私が形振り構わず、進言すれば、全てが虚構の春と化してしまう。
「逃げて来たんじゃない。怖くもない」
水泡がじゃぶじゃぶと無表情に重なり合う気圧が踝に触れた。
「わざわざこんな夜更けに二人きりでいるなんて、……君は随分警戒心がないんだね」
白銀に光りを為し、狂った月が裏返り、微光が房事のように乱れながら交わる。
「ここで月と心中すれば、誰にも見つからないよ」
水飛沫が棚引くように上がり、呪詛にまみれた大戦で先陣を取る阿修羅のように彼は透明なナイフを持ち上げ、そのまま、湖央へと突っ走っていく。
小波が高く上がり、岸辺を呑み込むように死を誘った。
私はとっさに水中に飛び込み、バシャバシャと湖水の音が鳴る。
顔面に冷水がまともにかかり、目に水粒が入って黙視できない。
すごく冷たい、と頬にかかった飛沫を手で払うと手の平に激痛を感じた。
ナイフの筋が手の甲に当たったんだ、と自覚しながらも私は両手で彼の背中を抑え込んだ。
「死なないで! 私のためにも死なないで!」
声量がそれ以上、大きくアップデートできない。
「死なないでよ! 死なないで!」
波打ち際に委ねた小指や土踏まずまで凍えそうな冷たさだった。
初氷の飛沫波だ。
流氷の涙で生まれた小波だ。
髪の毛まで冷淡な波状は飲み込みそうになるとカッターナイフを奪い取り、私は切羽詰まりながらそれを見えなくなる冬空まで投げた。
彼は血眼になりながら心の刃を奪おうと私の二の腕に掴み掛かった。
「死なないで! 私のためにも……」
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