寒月悲歌 孤愁の岸辺に君は入水しようとしたの?

詩歩子

第1話 溽暑


  車窓から夕闇迫る知らない街並みが、筑紫平野の百景とハイタッチするかのように面影も知らずに通り過ぎていく。


 今夜はこんな溽暑の夜半の刻、明々とした旱星が千切れ雲の合間から綺麗に見えだろう。


 いびつな夕焼けがいつもとは違う存ぜぬ顔を見せていた。


 


 夜行バスに揺られながら心の裏庭で集くように囁く、鈴虫の音に耳を澄ました。


 色彩豊かなミニチュアハウスのような夜景が現れては消え、現れては消え、果てしない銀河鉄道を行くような闇路のバスに揺られながら私は物思いに耽っていた。


 


 もう、以前の私とは無縁な過ちを今日の私は踏み入れてしまったんだ、と宵の明星を抱き、沈鬱な心持ちになりながら悟る。


 莉紗に生理が来た、と耳元でこっそりと知らせたら、一緒にコンビニで買ってくれたので、トイレで確認すると、苦笑いするように鬱血が薄汚れた下着をじりじりと漏らしていた。


 ふと、車窓から眺めながら、私と彼は後戻りできないくらい、闇夜に沈む酒蔵の中で深く交わってしまったんじゃないか、とふと思った。


 この烙印が永遠に追いかけてくるんじゃないか。


 疲れ切った筈なのに帰途はちっとも一睡できなかった。


 


 帰り際、みんなはお土産を各々、購入して滅茶苦茶、小学生の一年生の春の遠足のように騒いでいたのにすっかり眠り就いていた。


 


 五時間半のバスは初めて尽くしなのに少しも疲労感を覚えなかった。


 


 初めての都会の雑踏と街頭の界隈、予期せぬ出会いの裏通り。


 初めての街の風景。


 初めての彼の実家に入室したとある盛夏の日永。


 初めての……、あれはただ、口と口が偶然にも触れただけのすれ違いだ。


 

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