洗剤を食べる女

レイジ

第1話 洗剤は、食べる女

玲美は洗剤を食べていた。間違いでも、比喩表現でもない。本当に食べているのだ。洗濯用洗剤をむさぼり食っていたのである。何故かは分からない。ただ食べている。粉薬でも水と一緒に飲むのに、玲美のそれは、水も飲まずに計量スプーンで直に食べていた。それはもう食べているとしか表現できない。

今、彼女の意識はおぼろげで濃い光化学スモッグが頭の中で煙っているようだった。

何もかもがあやふやで、せき込むように苦しくて、頭の中から直接「洗剤を食え」と命令されているようだ。せき込む音が嘔吐に変わり、泡だらけの吐しゃ物を吐き出すまで、命令は続いていた。



吐き出すものを吐き出すと、スモッグが晴れるように意識はしっかりしてきた。しかし、今度は頭が鉛のように重く感じ、全身が液体になったような気だるさが全身を襲った。頭が重く、記憶もあいまいで思い出せるのは、自分の名前くらいだった。



ここはどこだろう?記憶もうっすら回復してきた。一つ、小さくしかない窓、鏡もない流し台、あとはトイレくらいの、6畳と少しの部屋。自分の家ではない。ここはどこだ?ドアに手をかけると、恐ろしく頑丈に施錠されている。嫌な記憶がよみがえる。「ここからだせ!ここからだせ!」とわめく自分の声。自分ではないような、狂気じみた声調。さんざん吐いたのにまた気分が悪くなった。ようやく思い出した。



ここは精神病院の保護室。何を保護するのか分からないが、いわゆる牢屋と同じだった。本来は他の患者と隔離して保護することが目的の個室である。別名『ガッチャン部屋』と言われる。「ガッチャン」と鍵をかけるからだ。玲美はまだ口に残る洗剤の強い塩味を感じていた。舌をピリピリとさせる。クラクラとした頭の中、まだぼんやりとした意識の中で、思い出したのは自分が拒食症であるということだ。食べては吐き、食べては吐きの繰り返し、そのの反動で、しまいには夜中に無意識に冷蔵庫のものを食べまくった事すらある。



体重も30kg台に落ち込み、やせすぎだと医者や、周りの者にも言われた。しかし理想のスタイルには程遠い。どうしてみんな邪魔ばかりするのか。薬づけにされた体でフラフラになりながら、洗面台に立って、顔を洗う。鏡はない。もう何か月も自分の体を鏡で見ていない。太っていないだろうか?心配でたまらない。この部屋には鏡がない。こんなに不安になるとは。鏡を見ていないだけで。

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