ローファー、海へゆく

晴れ時々雨

👞

靴の中に小石を入れる。いつの間にか入り込んでいる先客の小石の居場所を奪い、立ち退かせる目的だったが、「小石」は小石らしくどこにでも順応し、狭い靴の中に既に自分の区画を設け和んでいるようだった。先達との折り合いも悪くなさそうで、二者揃って私を邪魔者にすることもある。これには閉口した。

「君たちはそこで何をしている」

石の生涯について馳せた。そして山へ私を向かわせた。登山などきちんと装備してから当たるべきところを、小石中心に事を運ばねばならぬという思いからローファーで赴き、まさか自分がこのような未整地の道を踏むことになるとは露とも思わなかったであろうローファーには苦労をかけた。

ローファーには似つかわしくない悪路を分け入るとせせらぎが聞こえてくる。吸入する酸素は純度を高めつつ濃度を低下させ、私を恥ずかしいくらいに喘がせた。しかし大儀と疲労の前では羞恥心など河童の平左へいざなのだ。場所柄誰もいないし。

平坦とはなんぞやと問答しだしそうになる頃、河の上流に着いた。芸術的に角ばった岩を越え、平地ではめったにお目にかかれないほどの曲線を有した岩々に密着して踏まれるローファーの底は予想以上に歪み、側面の革には無惨な引っかき傷を認めたが靴としての機能には申し分がなく、なかなか根性の入った靴で感心した。メーカーの努力が垣間見られた。これなら予備に携えたローファー弐號の出番はないかもしれない。帰ったらレビューに付け加える必要がある。

自然界の音でもかなりのデジべルを誇るであろう水流音をバックに大岩に腰掛け息をつく。季節は秋だが汗をかくことを予想して夏用の下着を着てきて正解だった。ローファー以外はなるべく動きやすさを重視し、コーディネートとの兼ね合いを含めた私の今日の装いは、淡い杢調グレーのフード付きスウェットとモスグリーンのスキニーパンツにアウトドア用ブルゾン(カラー:テラコッタ)を合わせた、ちょっとおちゃらけた機能性ファッション風に落ち着いていた。色で遊んだ結果がこうだ。スポーツキャップはガラじゃないのでニットキャップにしたところが、周囲の人間との調和を望んだモブに徹する意気込みの現れである。周囲に人なんぞいないが。

私は小石たちを解放しようとここへ来た。通勤時に領海域へ侵入した闖入者を、生まれ故郷へ還すために。私は靴を脱ぎローファーを傾けた。踵に転がり出た二名の小石は呆気に取られていた。古参の小石は不思議そうに私を見つめ、選ばれし小石(二号)はいささか不審げな顔をした。「さあ行きたまえ」。傾斜を深くして手で踵をとんとんすると呆れたとばかり首を横に振りながら二名は落下していった。小さく、ここじゃないのに、という声がしたが気のせいだろう。私は疲れていた。そのとき不意にはっとした。ここじゃない?見渡すと確かに周りは彼らと体格の違う岩がごろごろしていた。岩たちは悠然と沈黙し、隙あらば靴に入り込もうとするような小賢しさがない。凝視しても語り返す言葉という縛りを持たなかった。瞬間、ここは小石らの還るべき場所ではないのではないか、という無言ではあるが圧縮されたオーラのようなものが爆発的に私の体から発せられたのだと思う。

ええんやで──

岩々の思考が抱擁のように、言語ではなく信号として私に伝わってくる。私は軽く黙礼してその場を去った。背負ったリュック内で嵩張るローファーを表面から撫でた。電波の通るところへでたらすぐにレビューに追記しよう。星も増やす。配送が遅くても待つ甲斐はある。山だって川だって行けるローファー。君は胸を張れ。

下山中しばらくいくと足に違和感を覚え、ローファーを脱ぐと小石はないのに続く違和感に靴下を探ると奇妙なでっぱりがあった。ゆっくりと裏返しながら靴下を脱ぐ。

コンニチハ〜

靴下の評価を下げてもいいだろうか。いやいや、これは不可抗力であり新たな出会いに他ならない。彼のサイズを確かめ、次は海だなと思った。

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ローファー、海へゆく 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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