頁09:異世界辞典とは 2

     






「はぁ…名称の件はとりあえずもういいです。つまり、最初にこの世界に呼び出されたあなたに与えられた役割がその本に表示されているような【世界のおおまかな初期設定】だったという訳ですね」

「おおまか!? これで!?」


 ジロっとにらむと再び大人しくなる。


「私の役割についても確かに記載がありました。私の本はどうやら【辞典】のようです」

「辞典? 白紙なのに??」

「私の役割も基本的にはあなたと同じですね。これから目にしていくあらゆる事象をこの中に正式に言語化して収めていく事で、いわゆるこの星の公式ガイドブック的な書籍を作るみたいです」

「おお! なんか楽しそうだねそれ?」


 チッ。

 いけない、つい舌打ちが。

 ああ……やっぱりおびえてしまったか。可愛くない犬だこと。

 …怯えたついでにちょっとしてみよう。

 ───意識を集中し、脳裏のうりに目的をより明確に描く。命令を実行させる端子とも言える意志の弾丸を針の先端の様に鋭く、細く。悟られない様に、呼吸を読まれない様に…点火。


「従え」

「!? ……ふぁい…なんなりとぉ…」


 彼の目がトローンとして意識が混濁こんだくしているのが見て取れた。、成功。

 ていうか何でも有りなんじゃないかしらこの【力】…。

 さて───


「本を開きなさい」

「ふぁーぃ…」


 ふわふわとした手つきで自分の本を開く。


「この星の名称を地球と入力しなさい」

「えぇー…それパクリ…」

「ぶん殴りますよ」

「ヒィっ! 『ち・きゅ・う』、ふぁい決定~…」


 洗脳されてるのに反論するとかどれだけパクリに抵抗があるんだか。

 さて、どうなる? と、直後に短いアラートが鳴る。そして…


《 警告。不正な入力が確認されました。一定時間内に規定回数を超える不正操作を確認した場合、ペナルティーが科されます。注意して下さい。》


 成程、あくまでも本人の意思による操作じゃなければ駄目と言う訳か。彼のように仮に恐怖で縛って強制したとしても、パートナーが自らの意志で承諾しょうだくをすれば背景に関わらずあくまでも合意とされるのだろう。良く出来ているのか適当なのか…。

 しかしペナルティーがあるとは迂闊うかつだった。『一定時間の長さ』も『規定回数』も『どのようなペナルティーなのか』も分からない以上は慎重になるに越した事は無い。

 宇宙規模の事象をホイホイ動かす存在の定めるお仕置きだ、内容は絶対に軽くはないだろう。

 とりあえず今後の作業のルールは分かったので実験終わり。


「忘れなさい」

「───おお! なんか楽しそうだねそれ?」


 その台詞は繰り返すのね。

 私は何事も無かった様に会話を続ける。


「…国語辞典って見た事ありますか。ネットのじゃなくて紙の本」

「確か子供の頃に…チョロッと…」

「それを作れって言われて、本当に楽しいと思います? しかも小さな辞典なんかじゃなくて何百冊を超える量かもしれないって」

「死ぬ」

「どうぞ」

「ひどい!!」


 とんでもない使命を押し付けられたものだ。いくら死なないからと言ってどれだけの時間が必要なのか予想も想像もしたくない。

 しかも辞典の編纂へんさんと言う事は、1つの事柄ことがらについて分析したり検証したりする必要もあると言う事だろうか?

 もしそれが自分の知識の範囲内であるならばいいけれど、世の中に存在する全ての事物に対して人間ひとりの知識量なんて1%どころか砂漠全体に対する砂一粒くらいの割合しかないのでは…?


「泣きたい…」

「ええ!?」


 殺されて勝手に呼び出されて散々挽肉ミンチにされて、挙句あげくの果てに永遠に終わらなさそうな強制労働を課され、死ぬ事も出来ないなんて。

 私の人生、前前前世からのカルマでも積み重なってるのだろうか。

 散々私を酷い目に合わせたくせに今度は泣きそうになっているカミサマが、なんか必死に口を開いた。


「あの、その…、ほほ本当にゴメン!!」

「は…? 何がですか」


 少し不貞腐ふてくされた口調で言ってしまったかもしれない。


「キミに、その…ひどい事しちゃって…」

「例えば?」

「例えば!? あー、…や……い、イロイロ」


 なんだイロイロって。まあ確かにイロイロか。


「つまり『1回じゃ反省した気がしないからもっと』って意味ですねよしそこになおれへしおりまくってやる」

「あーーーーーいやーーーーーそうじゃなくてねぇぇぇ!!??」


 本当に都合がいい男だな。それでチャラに出来る訳が無いって分かっている癖に。

 馬鹿馬鹿しさに、なんか、少しだけどうでも良くなった。いい意味でだ。


「…はぁ、もういいですよ」

「えっ、うそ、マジで?」




「ええ。───どうせ死ぬまで、恨むので」





 私のこの役割はどうすればいいのか、今は分からない。

 だから、まずは分かる事から始めよう。

 私は私の正しさを貫く。『今』は一人でも多くの命を守ろう。


 そして恐らく、『永遠』に。










   (次頁/10-1へ続く)










         

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