頁04:神とは 1

        






「えっ……? あ!? あれ、私───」

「ああ、うん、そう、死んだよキミ」

「はぁ!?」


 軽薄けいはくさを煮込んで固めた様な印象の男がヘラヘラと笑いながら私に話しかけている。


「死んだって──」


 ここに包丁が、と我ながら間抜けな台詞をきかけて異変に気付く。


「──無い…」


 腹部に垂直に立っていた包丁も、背中にあるはずであろう傷も痛みも、刺されて切り裂かれていた服の切り口すらも。


「うん、要らないしネ」


 何を言ってるんだろうかこの人は。

 大きく深呼吸をし、何とか気持ちを冷静にたもとうと辺りをうかがう。

 私とこの人物以外、何もない。

 地平線まで一切遮蔽物しゃへいぶつというか形のある物体が見えない白い大地と、雲一つ無い空。一見何の変哲へんてつも無い空に見えるが、空とは思えない。一色のみの絵の具で均等に塗られただけの天井みたいな空。

 たった二色だけで表現されたのっぺりとした世界に、私はいる。

 自分のまとっているスーツのグレーが際立きわだって浮いていた。

 ちなみに謎の彼が着ているのは茶色が色褪いろあせたくたくたのTシャツ、毛玉がうっすら散らばるオーバーサイズの黒のスウェットというだらしない休日の大学生みたいな組み合わせだった。

 ※そうじゃない大学生の皆さんは申し訳御座いません。※


「ビックリしたっしょ? 世界をまたぐ手段はトラックだけじゃないってネ♪」

「は…? 世界? トラック??」


 私の反応になぜか驚く様子を見せる。


「ちょ、えっ? まさかトラック知らない系? うっそマジで!?」

「いや、トラックは分かりますけど」

「だよねぇ! あっひゃっひゃっひゃっ!!」


 なぜか爆笑する。何がツボに入ったのだろうか。


「オレも説明とか苦手でさァ、要点だけチャチャっと説明するけど、とりあえず何百年もかかってやっと世界の下地が完成したんだけどネ、細かい設定とかが全然決まってなくてさァ。ぶっちゃけ人類が最低限度の文明の中で原始的な生活をしてるだけって状態なのヨね」

#__i_f86878f5__#

 何? 何の話をしているの?? 下地? 設定? 私が死んだって件はもう説明無し?


「オレちゃんがやらなきゃならない事らしいからオレちゃんにしては珍しく真面目にコツコツやって来たんだけどさァ、もう無理。マジ限界。頭あっぱらパーン状態。生態系なんて適当に【種】散らしておけば星が勝手に修正してくれるから楽だったけどさァ、歴史だ文化だ魔法だってのを考えるのダメなんだよねオレちゃん。考えるよりは誰かが作ったのをプレイするのが専門だったし? だからその辺のメンドクサイのをキミに───って…え、何? 何だって??」


 目の前の多分人類だと思われる存在から吐き出される言葉は、単語の一つ一つの意味こそ分かるものの、何について話しているのかが私には理解が追いつかなかった。

 理解出来ない空間で理解出来る単語が理解出来ない文章に変わる。

 その奇妙なねじれがひどく居心地の悪い感覚を生み出していく。


「……マジで? チョット確認するわ」


 ここでようやく私の反応がおかしい事に気が付いた様だ。いや、彼の挙動きょどうも大分おかしいが。


「…もしかもしてもしかもするとだけどサ」


 どういうかもしだろう。


「どういう状況か…まさか分かってない、とか?」

「分かりません」

「オイいいィィィィィィ! マジかよぉぉォォォォォ!! うわああああぁぁぁァァァァ!!!」


 彼は両手で顔をおおいながらものすごい速度で辺りを転げまわった。何も落ちてないから多分怪我はしないだろうけど。

 そんなにもだえられてもそれがなぜなのかが分からないのですが。

 すると私の心が通じたのか彼はピタッとローリングを止め、私を見る。

#__i_89e03514__#

「ざけんなおらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 とうとう遠くの方に向かって切れた。

 叫びが山びこの様に何度も響き渡る。山も無いのにどうやっているのだろう。変な空間だ。


「ハァ…ナンテコッタイ」


 寝姿勢ねしせいからよっこらしょと起き上がり、胡坐あぐらをかいて私に向き直る。


「キミ、令和の日本で生きてたんでショ? それとも山の中で人知れず修行とかしてたの?」

「…スーツ着てますけど」

「デスヨネー!」


 胡坐あぐらの姿勢のまま仰向あおむけに倒れた。かと思ったらそのままの姿勢でまた起き上がる。結構無理のある動きだけれどきたえてるのだろうか。そうは見えないが。


「つまりオレちゃん、とんでもないレアキャラを釣っちゃったってワケか」

「レア…キャラ?」


 ガクッと項垂うなだれる。


「レアって表現も分からないモンな…。まさかあの時代のワカモノでこんなガラパゴス人間がいるとはなァ」

「…すいません」


 ガラパゴスという表現で何となく馬鹿にされてるんだろうという雰囲気は理解できた。

 反論したい気持ちもあるが、何が何だか全く分からない以上はとにかく現状の理解を優先すべきと悔しさをぐっと飲み込む。

 恐らく彼が私に対して共通の知識として求めたのは、私が思春期に至るまで両親によって隔絶かくぜつされてきた物だったのだろう。


「しゃあねぇ、、同じように異世界知識ゼロの読者がコレ読んでるかもしれないからざっくり説明してやんよ!」


 どこに向かって喋ってるんだろう。










   (次頁/04-2へ続く)









       

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る