三人の女神の共通点は、好きな人でした。
ジャンヌ
第1話 合格した後輩にからかわれる
三月も中盤に入り、俺の通う白咲高校も合格発表が行われた。
「光希先輩、本当にありがとうございます」
淡白な声色で微笑を浮かべるのは、夏からずっと家庭教師として見てきた平川星那だった。
星那はしっかりと合格してくれたようで、校内で様々な書類を貰ってから外で待っていた俺の元には、小走りで来てくれた。
「まじでおめでとう!」
「本当に、良かったです……」
星那はそう言って俺に抱き着き、俺の胸元は徐々に温かくなり、星那の呼吸が乱れる。
仕方ない理由で、入学式の後の一連の流れが終わってから来た星那に、校舎案内をしてから始まったこの先輩後輩の関係だけど、多分お互いそれなりに心を許していて、多分他の人とではやらない事をしていると思う。
家庭教師だって、本職の人に頼んだ方が安心はできただろうけど、星那の説得でご両親も納得してくれたらしかった。
なんでそこまでして…とは思ったけど、今となっては俺も一緒に頑張れてよかったと思える。
だからか、星那の頭を撫でながら、細く長い黒髪の柔らかさを感じながら、もらい泣きをしてしまう。
帰りの電車では、星那は泣き疲れた様子ですぐに眠ってしまった。
おんぶして家まで届けるのも考えたけど、さすがに気が引けて普通に起こして、高校生活の妄想を膨らませる星那の話を沢山聞いた。
いつも落ち着いていて、クールな印象がある星那だけど、たまにこうしてしっかりと後輩なんだなと思わされる時がある。
かわいいと思ってしまうのは、持ち前の綺麗なルックスも相まっての事だろう。
「日曜日、楽しみにしてますね」
星那のその言葉で別れ、俺も家に帰る事にした。
俺が暇な週末は、息抜きのためにも星那と出掛ける事が多くあったのだが、今回は普段より何段か増して楽しみにしてくれている様子だった。
まあ合格祝いだし、普段よりは少し豪華にしたいところもあるしな。
とは言え、ファミレスからパスタ専門店に変えるだけなんだけど…
いよいよ日曜日となり、俺と星那は映画館に来ていた。漫画原作アニメの劇場版を観る予定だ。
「光希先輩、ペアシートでいいですか?」
「まあ、星那がいいならいいよ」
ペアシートは、カップルシートとも言われ、間に肘掛けがなかったり座り心地がよかったりする。
そんな席を提案してくるのは意外だったけど、ちょっとリッチな雰囲気がいいんだろうなと思い、奮発する事にした。
今日は完全に俺の奢りで、今まで家庭教師でもらったお金を使う事にしている。
「ペアシートに男女って、少し緊張しますね」
今日の星那はテンションが高く、普段はあまり見せない笑顔をこれでもかと言うほど見せてくれる。
声色は相変わらず淡白だけど。
「知り合いに見られるのはちょっと怖いかもな…」
俺と星那は付き合ってる訳でもなければ、恋愛感情すらないと思う。
だから、こうして二人で出掛ける時はできるだけ知り合いと会いたくなかった。
「私とのそう言う噂が流れるのは、嫌ですか?」
俺の気持ちを汲み取ってくれたらしいけど、何故か若干怒り気味でそう聞かれる。
怒り気味とは言え、肩をポコポコと軽く殴りながらと言う、なんともかわいらしい物だけど。
「星那に迷惑かかるし、できれば避けたいかな」
「私は迷惑とは思いませんけど──」
星那はらしくないほどに小さく話し、最後の方はほとんど聞こえなかった。
読唇術が使える訳でもないから、口の動きだけでは何を言ってるのか分からなかった。
「まあ、その辺は臨機応変にってとこか」
「…ですね」
若干の気まずさを感じつつも、シアターに入場してシートに座る。
シートは内側がへこんでいて、星那の肩と俺の腕が密着させられる。
「私達、今日だけカップルになりましょうか」
下から見上げてくる星那にかなりドキッとさせられるけど、そう言ってる星那も顔を赤らめている。
「そう言うのは、ちゃんと好きな人に言ってくれ…」
「ほんと、光希先輩は釣れないですね…」
「歳上をからかうのはよくないぞ…」
「もしかして、照れてるんですか?」
「よし、先に帰るね」
「じゃあ、私も帰ります」
「なんでだよ…普通止めるだろ……」
「止めてほしかったんですか?」
「はぁ……」
「光希先輩って、本当にこう言うのだめですよね」
諦めて脱力した俺に、星那は「ふふっ」と清楚に笑い、楽しそうに軽く肩を当ててくる。
「星那が強いだけだろ。これ……」
「光希先輩、かわいいですよ」
星那は嗜虐的な笑みを浮かべ、若干イラッとしつつもそのかわいさで帳消しにされる。
一部界隈では、これをご褒美と言うんだろう。
そんな会話をしているうちにシアターは暗転し、やがて本編が始まった。
星那は、中盤からハンドタオルを目に当てるようにしていた。
俺も終盤には同じようにしていて、明るくなってからも少しの間は静かに座り続けた。
「これは…本気でネタバレ禁止をしてるだけありますね……」
星那の言う通り、公式がしっかりと呼び掛けをしていて、SNSでもネタバレは見えなかった。
元より、こんな二時間を過ごしても尚、ネタバレができるような人は限りなく少数だと思うけど。
そう思えるくらい、本編にも繋がるような情報があまりにも多く見受けられた。
「まじで最高だった……」
映画館から出て明るいフロアに入り、ちょうどお昼時と言う事で映画の感想をこそこそと話しながら向かう。
当然、パスタ専門店は混んでいて、側面に置かれた椅子に座って呼び出しを待つ事になった。
「ペアシートよかったですね。今度はハートのストローとか貰いましょうね」
「次もペアシートなの!?」
「今度行く時は、私もバイトしてると思うので、お金は大丈夫ですよ」
「彼氏作ってデートに使ってくれ」
「彼氏ができても、光希先輩との日常は邪魔させませんよ」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、彼氏最優先にしてくれないと、俺が悪者になるから…」
俺がそう言うと、「ふぅん」と不満を露わにした星那に睨まれた。
真面目な話、星那に彼氏がいるのに俺とこんな事をしてると知られれば、星那が悪女になるんじゃなくて、俺が星那の弱みを握って付き合わせてるって構図になるのは明らか。
「光希先輩は、彼女ができたら私とはもう遊んでくれないんですか?」
少し俯いてそう聞いてくる星那に、かなり申し訳なくなる。
なんで俺なんかと遊べなくなる可能性があるだけでそんな顔ができるのか…正直、勘違いしそうになるからやめてほしい。
「そんな事はないけど……」
「光希先輩だけが特別扱いしてると思わないでください。私だって、光希先輩の事は特別扱いしてるんですから」
星那は腕を組み、顔を俺から背けてそう話し、赤く染った耳が黒髪の隙間からチラッと見える。
「そ、そう……それは、ごめん……」
俺も俺で、今まであまり見た事のない星那の仕草を見て、鼓動が早くなる。
「二名様でお待ちの、吉岡様〜」
気まずくなりかけた時に、ちょうどよくそんな呼び出しがあり、心の中で店員さんに大感謝をしながら着いていき、席に座る。
さっきの一瞬で喉が乾き、店員さんが持ってきてくれた水を飲み干す。
注文も終わり、運ばれてくるのを待っていると、何やら星那がニヤニヤと口角を上げていた。
「なんかあった?」
「なんか、吉岡星那になった気分です」
あまりにも唐突すぎる爆弾の投下に、俺は思わず硬直してしまい、星那には小動物を見るような優しい目で見られる。
「光希先輩、かわいいですね」
「とんでもない事を言うな……」
そんなやり取りをして、俺と星那は運ばれてきたパスタを半分食べたところで、星那の提案によって交換した。
若干の抵抗はあったけど、家庭教師の時に夕食を頂く事もあったから、なんとか受け入れる事はできた。
そうして時間は過ぎ、星那を家まで送り、俺も帰宅する。
『光希先輩、今日は本当にありがとうございました!』
『めっちゃ楽しかったです!』
『これからも面倒見てくださいね!』
星那から改めてそんなメッセージが入り、何故かものすごく泣きそうになる。
これが、卒業生の担任の気持ちなんだろうか…
『頼まれればなんでもするよ』
『光希先輩を私のお世話係に任命します!』
『はいはい』
『来年度が楽しみです!』
『秋は最高だから、それまで頑張るぞ』
『はい!』
メッセージではビックリマークやスタンプなどで感情表現が豊かな星那から『おやすみ〜』と言っているくまのスタンプが送られてくる。
俺も同じようなスタンプを返し、ベッドに横たわる。
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